内見なんてもう二度と

宇宙(非公式)

内見なんてもう二度と

 私は今日、住宅の内見に来ていた。担当の柏木さんと住宅を見て回った。柏木さんの話し方は、言い方を悪くすれば詐欺師のようで、いつの間にか騙された!なんてことがないように気を引き締めている。

「こちらの物件なんかは水回りも便利で過ごしやすいですよね」

「え、ええ。そうですよね」

「こういう配置になってますので、家事とかもしやすいと思いますし」

 ふと、私の家族のことを思い出した。そうだ、これには家族の未来が掛かっているんだ。

 みんなを背負って、私はこの内見に来ている。しっかりといい物件を

「子供部屋もありますし、やっぱりこの物件が最良かと」

 柏木さんの声は私の思考すら遮ってくるようで、こんなことを言ってしまってはあれだが、なんだか癪に触った。

 柏木さんは高いスーツをその痩身に纏い、オールバックをてかてかと何かの整髪料で堅めている。いかにも、「できる男」と言う感じだ。照りつけてくる陽気、私にとってはやけに明るげな妖気が私を萎縮させた。

「そ、そうですね」

 なんとか頭を回転させて言葉を出す。今の私には、相槌を打つのに精一杯だ。

「やっぱりこの物件、い、いいですよね」

 下手なことを喋った、と隙をつくように、柏木さんはその饒舌さにより拍車をかけ始めた。

「それで、お値段の方なのですが、」

 ここからは眉に唾でもつける思いで接しなければならない。柏木さんの顔立ちはどことなく絵本に出てくるような狐に似ているので、尚更だ。

 

 柏木さんが口頭で値段を提案してくる。こう言うところが怪しい。ただ、こちらとしても何を言われてもまける気はない。私は不動産屋に勤めてしまったことを後悔した。

 もともと、人と話すのなんて苦手なのに。

「いえね、他の業者さんにも相談したんですが、そこだともうちょっと安かったわけですね」

 止まらない値切り交渉の文句に、私は一人泣きそうになる。そんなに捲し立てないでよ。

 住宅の内見なんて、もう二度としたくない。私は心の中でつぶやいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

内見なんてもう二度と 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ