住宅の内見・首吊るし篇

人生

 意味が分からなくてコワい話




 ウェブマッピングプラットホーム『ククールマップ』――それは、衛星写真を用いた地図アプリケーション。情報を入力するだけで、家に居ながら、あるいは出先で、パソコンやスマホを通して世界中の地図情報にアクセスし、その地域の様子を360度自由自在に、リアルタイムの交通状況などをまじえて知ることが出来る。


 今回取り扱うのは、そんな地図アプリを用いたゲーム『ジオゲッツ』である。

 プレイヤーはランダムに選ばれたククールマップのストリート画像を見て、その周囲を探索し、建物や看板などの情報からこの場所がニホンないし世界のどこかを特定するという趣旨の内容だ。


 たとえば古びた赤い鉄塔が見える場所が表示されたとしよう。あれはかつて東京タワーと呼ばれたものだと分かれば、その場所の正体は「東京・2000年代」だという訳だ。


 このゲームにはマルチプレイによる対戦モードもあるのだが……視聴者数ゼロ人なので、相手を募集しても意味がない。それでも僕は配信を続ける。さあ今日も始まりましたナナシレディオ、本日遊びますのはこのゲーム、早速始めていきましょう。誰もいない実家で一人、マイクに向かって声を出す。


 さて、本日も僕はニホンのどこかに落とされます。ここはなになに県のどこどこ市なのでしょうか。


 クークルストリートビューに表示されたのは、特に目立ったもののない田舎のようです。看板の類も見つかりません。


 かろうじて舗装されているといった感のある道路。ガードレール。遠くに民家らしきものが見えますが、ほとんど森の中といってもいいでしょう。生活感のない民家を通り過ぎ、どんどん奥を目指します。


 ……なんだか不気味な印象です。和風ホラーの舞台にでもなりそうな田舎町。地元の人がいたらごめんなさい。


 おっと、ここで看板発見。これは、なんと読むのでしょう。


 ……『晒塚神社』? とりあえず、神社のようです。


 都会と違って民家と民家の距離がずいぶん離れていて、見晴らしがよいにもかかわらず……撮影日のせいでしょうか、空は暗く、雰囲気は陰鬱としています。個人を特定できる表札などはそもそもモザイクがかかっていて見えないのですが、それにしたって画像の解像度が低く、質の悪い心霊映像でも観ているような気分に陥ります。


 画面の片隅に表示された地図を拡大縮小し、『晒塚』なる地名を探しながら、田舎町の探索を続けます。


 道路でもあれば、それが国道何番線だとかで推測もできるのですが――


 そう思っていると、田舎町には一見似つかわしくない乗用車を発見しました。住宅地の一角、小綺麗な家屋の前に停まっています。


 そこで、僕はおかしなことに気付きました。


 矢印が……進める場所を示すそれが、その住宅に向いています。つまり、そちらの方向に進めば、住宅の敷地内に入れるということです。庭くらいなら覗けるものですが、この住宅の場合すぐに玄関のドアに行き着きます。


 ……中に入れる、ということでしょうか?


 突撃、お宅訪問です。正直これはマズいのではないかとも思いつつ、どうせ誰も観てないし、と心の片隅で悪魔の囁き。こうやって多くのストリーマーが炎上してきたのだろうなという自覚はありましたが、それくらいの発破がなければ僕の配信など誰も見向きもしないでしょう。やったりましょう、レッツゴーお宅訪問。


 入ります。


 ……マジで入れました。玄関口です。どうなっているのでしょうか。このゲームに使われている画像はどれも衛星写真、空撮などによるものですから、考えるまでもなく、屋根などで射線が遮られてしまえば撮影も何もありません。


 にもかかわらず、屋内です。


 これはどういう訳でしょう。何か、とんでもない領域に足を踏み込んでいる気がします。


 玄関には、靴が三人分。一つはブランドものと思しき革靴。他二つはスニーカーにサンダルです。ずいぶん趣味が異なります。


 もしかして、このまま進んでいくと、人物が映り込んだりするのでしょうか?


 ちょっとどきどきしますが、向こうにこちらは見えません。リアルタイムでもないはずです。臆せず進んでいきましょう。


 ……え?


 このゲーム、BGMすらないはずですが、今何か――物音が?


 ――下の階から?




   ×




「ここが晒塚さらしづか村ですか。へえ……連続殺人鬼によって村人全員が一夜にして殺害されたっていう、今世紀最大の大事件の舞台……」


「はい。そのためこの村にある住宅はどれも手つかずのまま放置され、そのいわくもあって買い取り手も現れません。我々不動産屋としても持て余していた次第です」


「いいですねえ、こういう不気味な雰囲気。わくわくするわぁ」


「ねえダーリン、ほんとにここの家、買うの? ここの村って事故物件どころか事故地域じゃん」


「村丸ごと買ってさ、リアルあつ森すんねん」


「ハハハ、それは贅沢ですね。……さて、こちらです。事件の数か月前に村に越してきた都会の方が建てたデザイナーズハウスというやつで、他と比べても比較的見栄えが良いお宅です。ネット環境もすぐに用意できますよ」


「へえ、そいつはありがたいわぁ。リアルあつ森配信できるやん」


「しかし、一つ注意すべきことがあります。……この村、出るんですよ。未だ自分の死を自覚していない村人の霊が――配信に映ったりするかもしれませんよ」


「それをリスナーが気付いてコメントしてくれるんやな。盛り上がってきたわぁ」


「でもさぁ、ダーリン。ここって無人なんでしょ? だったらコンビニとかもないって訳でぇ」


「じゃあまずは物流からやな。商人を召喚するんや――」


 二人の若者をひきつれ、スーツ姿の男性はとある一軒家に足を踏み入れる。


 男はある不動産屋に勤めているのだが、このいわくつきの村を管理する業者からたまに、不思議な話を耳にする。


 村の中を歩いていると、人とすれ違い、挨拶される――この村にはもう、誰もいないはずなのに。当然、思わず挨拶してしまってから気が付き振り返っても、そこには誰の姿もない。


 いちばん売り物になりそうなこの住宅にもいわくがある。

 時折、二階の一室から人の声が聞こえてくる、というのである。

 そこは昔、田舎に引っ越してきたはいいが環境が合わず、引きこもって動画配信者を志した少年の部屋だったという――


動画配信者ストリーマー、か。今回のお客さんもそうらしいな。売れない配信者の子どもの霊に祟られなければいいが)


 男はこの家のいわくを訊ねられた場合、それをどのように語って物件に箔をつけようかと考えながら、二人の若者を案内する。


「こちら、リビングになります。この家に住んでいた夫婦は寝室で殺害され、その死体を、ほら、そこの天井の梁に吊るされていたそうです――」


「うわ、マジ~」


「不動産屋さん、準備いっすねぇ……」


 天井の梁には、二本のロープが吊るされている。


「ええ、はい。お二人ぶん、ちゃんと用意しておきましたよ――ここは無人。何をしても、誰に知られることもありませんからね」




   ×




「わああああああ……!?」


 僕は思わず叫んでいた。


 そこはリビング。天井の梁から、二人の若者がぶら下がっている……!


 死体だ! 死んでいる!


 あの男が殺した!


「なんだコレなんだコレ……!?」


 僕は椅子を弾き飛ばして立ち上がっていた。パソコンのモニターには、相変わらず力なく揺れる二つのシルエットが。スーツ姿の男が、画面の端へと消えていく。


「はあ、はあ、はあ……っ」


 足音が聞こえる。どこから? 分からない。心臓がばくばくして、耳の奥が痛い。


 これは、何なのだ? 僕はジオゲッツをしていたはず!


 そうだ、これは配信だ! 配信されている! コメントは? 誰か……――すごい、いつの間にか五人も観てる! いやそうじゃない!


『何これ?』


『え? これBANされない? だいじょぶ?』


『これ、ドッキリ?』


『この人、SATORUじゃない?』


 さとるって誰だ? 芸能人か?


 見る見るうちに視聴者数が増えていく。どこかで誰かが拡散してくれたのか。ならどうか、有識者、教えてくれ。これはいったい何が起こっているんだ?


「だ、誰か……。この人、知ってるの? 誰? というかここ、どこ? ネットのすごい人、特定して。それから、警察……。通報――」




   ×




 ――後日。


 ネットのすごい人たちが場所を特定し、その事件は明るみになった。


 連日あらゆるメディアを騒がせたその事件の発端、その配信映像は世界中に公開された。その配信者の少年は世界的な有名人になった。


 にもかかわらず、彼はあらゆるメディアに出演しなかった。


 連絡をとろうと試みるも、応答なし。

 のちに、かの有名なSNS運営会社X社が彼のアカウントを特定、X社の誇る追跡チームがそのIPアドレスから住所を割り出すことに成功するが――


 そこはもはや誰もいないはずの――晒塚村、だったという。



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