学校の怪談

黒月

第1話

 私が小学生だった、1990年代後半は「学校の怪談」ブームの真っ只中だった。普段マンガ以外の本を読まないような男子まで、講談社から出ていた文庫本「学校の怪談(常光徹監修)」に夢中になり、クラス中で回し読みされていた時代だった。

 夢中になるあまり、本の内容を真に受け授業中にトイレに行き、3番目のトイレの個室を3回ノックし、「花子さん」をやりに行く男子もいた。


 そんな環境だったので、誰が言い出したのか「うちの学校にも七不思議があるんだよ」と様々な噂話が囁かれ始めた。


 夜中の12時になると渡り廊下に白い顔がぼんやり浮かぶ。


 理科室の骨格標本の手首が動いたのを見た。


 昔は、うちの学校は墓地だったから工事の時に人骨が出てきた。


 等々こういった、どこの学校にもありそうな噂を耳にしない日はなかった。しかし、噂にはありがちだが、誰もその現場を見たものはいなかった。


 ある事件を除いては。 


 その事件は私が小学2年生の時に起こった。私の通っていた小学校は明治中頃に開校した、県内でも歴史の古い学校だった。校舎などは新築されたが、校庭の設備などは古いままの部分が多かった。

 校庭の片隅には立派な石組みの台座のようなものがあり、同校の卒業生でもある祖母曰く、奉安殿を取り壊し台座だけが残ったものだという。

 奉安殿とは1935年ごろから終戦まで、天皇皇后両陛下の御真影と教育直後を納めたお堂のようなものであり皇室に関わる四大節という記念日には校長先生がそこから御真影を取り出し、全校生徒でそれを崇め称える行事を全国的に行っていた。日本の敗戦を機にそれら行事がなくなるとともに、取り壊されたところが殆どで、私の小学校も台座を残すのみとなっていた。


 階段の付いた石組みの台座はいまや児童の格好の遊び場になり、男子の戦隊ごっこの舞台やら女子のおままごとの家と成り果てた。


「おい、あれ見ろよ」

その日そこで遊んでいたのは三年生の男子たちだった。彼は石組みのある一ヶ所を指差し、顔をひきつらせている。

 なんだなんだ、と校庭であそんでいた児童が集まってきた。そして、彼の指差す方向を凝視する。


 「…目だよね。」

 誰かが言葉を発した。

石組の奥に、人間の片眼がこちらを覗いていたのだ。当然だが、台座の中に人間の入り込める場所はない。ただ、そこに片眼だけが見える。間違いなく人間の目だった。

凍り付いたように固まった児童が、台座の中の目と見つめあっていた。20人近くがその場にいたように記憶している。


「私、先生呼んでくる!」

女子が一人声を上げた。どうしていいかわからないなりに出した結論だったのだろう。彼女は校舎の方へ走り出して行った。

その時、台座の中の目は一瞬ギョロリと彼女の後ろ姿を睨んだように見えた。

 それに気づいた私含め数名は悲鳴を上げた。「動いた!」とギャアギャア騒ぐ連中もいた。下級生などは泣き出す者もいたほどである。

  


しばらく後、教頭先生と共に彼女は戻ってきた。教頭は台座に一瞥くれると、「そんなものはありません!皆さん、早く帰りなさい!」と怒声を浴びせた。定年間近で「おじいちゃん」のように物腰の柔らかい先生の剣幕は物凄く、皆蜘蛛の子を散らすようにあわててランドセルを背負い、家路を急いだ。


 翌日、友人数名が恐る恐るその場所に行ってみたが昨日こちらを見つめてきたような目は何処にもなく、普段と何ら変わりのない場所だったという。


 私の在学中は度々、その事件のことが話題に上り、あの目はなんだったのか、教頭は何か知っていたのではないか、など語られたが、結局真相は分からず仕舞いのまま卒業を迎えてしまった。

 現在では少子化による統廃合で母校は廃校になり、地区センターとして辛うじて校舎は残っている。




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学校の怪談 黒月 @inuinu1113

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