思い出の限界ニュータウン【KAC20242】

天野橋立

思い出の限界ニュータウン

 かつて郊外のあちこちで、「サニーハイツ」という名の住宅地を分譲していた「蟻村建設」という中小不動産業者があった。

 1980年代に、ローカルテレビ局で大量のCMを流していたことで知られ、「サーチマン・玄」などの古いアニメの再放送の合間に流れるそのCMは、当時の子供たちにも大きなインパクトを残した。

 特によく知られているのは、お問い合わせの電話番号をCMソングに乗せて連呼した後、大工さんの格好をしたじいさんが「えいや!」と叫んで丸太を持ち上げる部分であろう。学校でまねをする子供たちもいたほどだ。


 しかし、バブル経済に向かって不動産価格がうなぎ登りに上昇カーブを描いていく中で、開発可能な宅地は次第に減っていく。やむなく蟻村建設は、都心から鉄道を乗り継いで2時間はかかるだろう平野の果てにまで「ニュータウン」を開発するようになった。

 CMでは、「都心直結、広い庭のあるあなたの夢の一戸建て!」と相変わらずの宣伝を続けていたが、その「直結」というのは「線路がつながってるからヨシ」レベルの意味しか持たないのであった。


 いくらマイホームブームと言っても、そこまで遠い場所に夢の我が家を持ちたがる人はまれである。

「星ヶ丘」だの「サニーハイツ・学園前」だの、どこかで見たような名前の住宅地(星ヶ丘は真っ暗で、星が実際よく見えた。学園前は小学校の分校の前である)は売れ残りの区画が続出し、ついには蟻村建設は倒産することになった。


 時代は流れて21世紀、無理矢理開発されたこのような住宅地は、「限界ニュータウン」という名で呼ばれるようになった。

 放置されて草木に覆われた売れ残り区画はほぼ原野に還り、売値をゼロにまで下げても買い手はつかない。

 すでに建てられた家も、こんな不便なありさまではまともに売却することもできず、二束三文の価格で取り引きされているのが現状だった。


「で、それでもこの『草木ヶ原ニュータウン』の物件をご希望と?」

 不動産屋の老店主は、その「ニュータウン」を開発した蟻村建設の歴史について一通り語ってくれた後、ずり下げた老眼鏡の上からこちらを見た。

「はい。お願いしたいのです」

 と私は答えた。そのために、はるばる車を走らせてこの町までやってきたのだ。


「いいでしょう。じゃあ、実際に中を見ていただいてから決めてください」

 老店主は、奥からその物件の鍵を出してきた。

「最初に住んでいたご家族には、小さなお子さんがおられたようでね、あちこち落書きなんかがあったりします。まあ、今となっては些細なことですが」

 内見には、当然店主も同行するのだと思ったが、

「ああ、ご自由に好きなだけ見てきてください。場所はお分かりでしょうかな?」

 と店主は当たり前のようにそう言って、つまりは私一人で勝手に見て来てくれ、ということのようだった。


 寂れ切った駅前から、半分農道のような道をさらに走り続けて、車はようやく「サニーハイツ・草木ヶ原ニュータウン」に到着した。

 碁盤の目のように縦横に道が通る住宅地の大半は手つかずのままで、空地あるいは林のようになっている。原野に還っていないだけ、これでもまだましなのだ。

 売りに出されている物件までは、ほとんど迷わずにたどり着くことができた。念のためにプリントアウトしてきた地図も、必要はなかった。


 その古びた木造家屋は、壁のモルタルもあちこち剥がれ落ちて、長年の風雨にさらされてきたことが一目でわかった。それでも家は倒れることも無く、いつか主がやってくるのを待ち続けていたのだ。

 青い屋根瓦の切妻屋根を見上げていると、あの懐かしいCMソング、「電話! ***の**** 蟻村建設」というメロディーがよみがえってくるような気がした。そう、よく妹と二人で、テレビの前で一緒に歌ったものだった。


 ドアの前に立って鍵穴に鍵を差し込み、回す。どこかに引っかかるような、あの懐かしい感触と共にガチャリと鍵が開いた。大きく深呼吸をしながら、私はゆっくりとドアを開く。

 昔と何も変わらない玄関が、そこにはあった。靴箱に貼ったアニメのシールもそのままだ。陽に焼けたような埃のにおいまで、昔と変わらない気がした。


 そう、ここはかつて、私の家族が暮らした家だった。都心まで2時間の通勤に耐える覚悟で、父親が買った夢のマイホーム。

 しかし、バブル崩壊による家計の暗転で「月々の返済はお家賃並み!」だったローンを返すことも難しくなり、わずか数年でこの家を手放さざるを得なくなった。

 近所の友人も、通っていた学校も、私は全てを失うことになったのだった。


「ねえ、このおうちも、このコマーシャルのと同じなんだよね!」

 とテレビを指さす、どこか誇らしげな妹の声を思い出す。画面の中では若いお母さんと小さな子供が、車で出勤するお父さんに手を振っていた。

「そうよ、ここも蟻村建設さんの、サニーハイツ住宅地なのよ」

 母親の声も嬉しげだ。CMでおなじみ、ということの威力がそれくらいに大きかった、そんな時代だった。


 あの日々は決して戻らない。それでも私は、この家に住もうと思う。ここは私の家なのだから。

 今は値段のつかない「限界ニュータウン」にも、やはり人々の暮らしがちゃんとあったのだ。ここに並んでいるのは、「夢のマイホーム」だったのだから。

 どこからか、小鳥のさえずりが聞こえる。窓の向こうに見える「ニュータウン」は、緑の中に還ろうとしていた。

(了)

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思い出の限界ニュータウン【KAC20242】 天野橋立 @hashidateamano

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