第9話
「理屈は分からんが霊に襲われた時に、相原には神様が下りてきて、その神様がやっつけてくれると」
「そうです。周りにいた人は記憶がなくなります」
閉店した接客スペースに座った佳月は、眉間に皺を寄せながら唸った。
あの後、山崎と社長が社用車で物件に寄り、気を失っている佳月と相原を運んで店舗まで戻ったのだ。内海の姿は消えていたという。
社長は店舗に戻った後、用事があると言ってすぐ帰ってしまった。
残った3人は、情報をまとめる為に、コーヒー片手に話しているのであった。
「で、神が下りてきて自殺した幽霊は消えたが、元々精神的に参ってた内海って女はおかしくなったままで、相原の首を締めてきて、謎のビニール製シャチが飛んできて助けてくれたと」
「ちなみにそのシャチは、社長がお孫さんの為に準備した浮き輪を、山崎さんが式神として使役したんだそうです。軽くて可愛い物じゃないと難しいんだとか」
真面目な顔で相原は補足する。
「んな話信じられるか……」
佳月は頭を抱え、ボリボリと頭を掻きむしる。
それを見つめる相原は、ぼそりと
「ヅラじゃないんだ」
「俺はまだ禿げとらん」
佳月は掻きむしるのをやめ、相原を睨みつける。
「今まで俺は、何度も瑕疵物件に住んできて、1回も超常現象に出会ったことがない。人間とか災害の方が怖いと思ってたが、こうなった今、認識を改めよう」
力なく立ち上がる佳月は、バランスを崩しそうになり、咄嗟に右側にある何かを掴んだ。
「おっと」
掴んだものを確認するために、右手に視線を移す。
それは首から上が無く、不透明の幽霊だった。
佳月は情けない悲鳴を上げながら手を離し、再び椅子に座りこむ。
「こんなの見ながら生活なんて出来るもんなのか……?」
「まぁ、出来なくはないですよ? 今はぼんやりとしか見えませんが、私も昔はバリバリに見えてました」
マグカップからコーヒーを1口飲み、山崎が言った。
スーツ姿ではなく、出勤時と同じようにジャージ姿だ。
「山崎さんも何なんですか。陰陽師の末裔として副業してるって」
「これを機に、一緒にやります? 陰陽師って、体力いるけど意外と儲かりますよ?」
にこやかに微笑む山崎に、佳月は力なく首を振った。
「遠慮しておきますね……」
「そんな佳月さんと相原君に、危険瑕疵物件処理チーム参加のお知らせです」
「え、僕も……?」
笑顔を崩さないまま、山崎は2枚の書類を机に広げる。
「山崎さん、これちゃんとした辞令じゃないですか……」
「僕、幽霊相手にするの嫌なんですけど」
「佳月さんもせっかく見えるようになったんだし、相原君も苦手克服のチャンスだし、よろしくお願いしますね」
窓際に置いてあるビニール製のシャチが、その様子を見つめて笑っていた。
美人の内見 獅子倉八鹿 @yashika-shishikura
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