遅いんだから、送ってく

もちもち

遅いんだから、送ってく

 ルカが電話を切ると「テロだって」などとあっけらかんと言ってきた。


 なにそれ物騒ね、とcommitを切って返す。“パパ”は私たちのリアクションにいつも通りの戸惑いの皺を寄せてるのが見えた。「巻き込まれない内に帰ろうぜ」とルカが言うので、「予告?」と聞くと「Si」と頷いた。


 「おい、本当なのか?」ここでようやく“パパ”が声を上げた。

 ルカとは私は、彼ほど危ない綱を渡ったりはしてないのでよく知らないけど、テロって事前にちゃんと予告されるものなのかしら。と、“兄弟”を見ると、ちょっと戸惑ったように私と“パパ”を見る。「なんで嘘だと?」


 そう彼に言われてしまうと、“パパ”も何も言えなくなってしまった。

 彼は本気でしかなかったようだ。て、思っていることだろう。


 「あたしアイスキャンディ食べたいなー」端末をシャットダウンしながら、私はFrigo Pieの“足”を思い浮かべて誰にともなく声を上げた。

 「これからテロがあるというのに」お前は……、なんて続きそうな“パパ”の声。ルカはというと── 今の空気をあんまり気にしてなかったのか、さっさとショルダーバッグを肩に提げて出口に向かってしまっている。

 部屋を出るときに彼の端末の電源が、小さく灯っていたのが視界の端を掠めた。


 町は夕暮れを抜けて夜の兆しだ。

 「……なんでついてくるんだお前ら」“パパ”の後を付いていく私と“兄弟”を、大層訝しんだ顔して振り返る。

 ルカが“パパ”の後を付いていくので、私もそれに倣ったのだけど……「外暗いんだから、送ってくよ」ルカがさっさと答えてしまった。

 “パパ”は一瞬ためらう様に口を開いて、「…… 物騒なことが予定されてんだろ、お前らもさっさと帰れ」どうやら『テロ』という言葉を避けたみたいだ。「俺、融通効くんだよ、これでも」ふふふん、とルカは鼻を鳴らす。それには私も同感だったので、おとなしくルカの隣を歩いている。“兄弟”はここらでは大きな“家族”の一員だった。


 “パパ”はいつも通りに複雑そうな表情をしたけど、結局それっきり何かを言うことは無く、私たちは傍から見たら本当に家族みたいにくっついて歩いた。


 …… 本当にテロなんてあるのかしら……


 町は何かを警戒しているようでも、何かを企てているようでも無いように見えた。もちろん、私が見る世界と、“兄弟”が見る世界は全く違う。ルカの電話は、やっぱり彼の“家族”からだったのだわ。


 そうでしょう、とルカを振り返ると、いつの間にか“兄弟”の姿が無くなっていた。「エイブラム」私は先を歩く“パパ”の袖を引いた。ハッ、と振り返った“パパ”も、ルカの姿がないことに気付いたのか、「ルーカス!」とあたりに呼び掛けた。きょとんと通行人が振り返る。


 “兄弟”がこうしてふわっといなくなるのは稀に良くあるなのだけど、今日は『テロ』なんておまけがついている。

 私は携帯端末を取り出して、ルカのナンバーを呼びかけて───「どうした?」ひょい、とばかりに通行人の間からルカが駆け寄ってきた。


 「お前っ……」怒鳴りかけた“パパ”の頭に「?!」が見える。無理もない。

 “兄弟”は両手に花を抱えていた。溢れんばかりのバラだ。一体どうした。


 「すごくいい匂いだったから、おすそ分けな」ルカは抱えた花束を“パパ”と私に半分ずつ渡そうとする。「待て待て待て、唐突だなっ」もちろん“パパ”は戸惑ってしまう。

 せめて包んでもらえばいいのに、花屋から強奪してきたみたいにむき出しだ。


 むせるようなバラの香りにわたわたする私たちを見て、ルカは可笑し気に笑った。『テロ』を予告された町の中で、彼はとても楽しそうに笑っていた。


 急ぎ足もあってほどなく、私たちは“パパ”のお家があるマンションの下に着いた。

私はちょっとここまで来たことにも驚きだったのだけど、この後の“パパ”の行動の方がもっと驚いた。

 「おい、ちょっとポケットの財布取ってくれ。それか花束持ってくれないか」もちろん、私たちに花束を渡して手ぶらのルカに言っているのだ。

 ルカは「Si,Si」と言って“パパ”のジャケットの内ポケットに手を伸ばして財布を取った。良く使い込まれた深い色の皮の財布だ。


「わーいっぱい入ってら」ふひひとルカは勝手に中身を拝見している。

 てっきり「何見てんだ」とか怒るのかと思ったら、“パパ”は車道の方へ歩き、流れていたタクシーを止めて、「ほら、早く来い」と私たちを呼んだ。


 え、と私とルカが顔を見合わせると、今度はいつもの神経質な声音で私たちを呼ぶから、あわてて彼のもとへ小走りした。「その財布、明日返せよ」おらよ、と“パパ”は開いたタクシーの中へルカと私を蹴り入れてきた。

 「いたーいなにすんのよー」「ちょ、エイブ、財布って」「行先ちゃんと伝えろ、それから、余計に使い込んだら張っ倒すからな」そんなのどうやったら分かるっていうの。


 “兄弟”は扉を閉められてもまだ何かを言っていたけど、私は構わず自分の家の近くを運転手に伝えた。

 「また明日ね、“パパ”」「誰が“パパ”だ」車が発進すると、エイブラムはしばらくこちらを見送っていたようだ。空は当然のように暗くなっていた。


 “兄弟”を振り返れば、可愛いこともある、渡された財布を両手で持ってぽかんとしていた。「なあに?」私は可笑しくて笑ってしまった。


 いっぱい入っているんでしょう?きっと、この町で私とルカが帰るには十分なほど。「ああいう人もいるの、“兄弟”。幸福な人」良識と良心を持ち合わせて、清濁を見ても人を信じることのできる人。

 “子ども”を守ろうとする人。


 きっとルカも、もう気付いている。

 エイブラムが、なぜルカが自分の後ろを付いてきたのか分からなくとも、私と“兄弟”を安全に帰すならば付いてくるまで付いて来させて、その後はタクシーに任せたこと。

 「大人だなあ」思わずつぶやいた。一枚上手なのはあちらだったのだ。


 ルカは明日、今手にしている財布にパンパンになるくらいお札を詰めて返すのだろう。そんな顔してる、ちょっとだけ困ったような、ちょっとだけはにかんだような。


 そうして、財布の持ち主は「うへぁ」という顔をするのだ。


 どうにも噛み合わないのに不思議と回るこの歯車に、ふふりと頬が緩んだ。




 『テロ』などなかった。


 ただ、バラを持って駆け寄ったルカから、微かな火薬の匂いがしただけだった。

 


(遅いんだから、送ってく 了)

 


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「外暗いんだから、送ってく」

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