父の黒歴史を勝手に大放出

碧絃(aoi)

父のよく分からないプライド

 僕の黒歴史は、学校で真面目に勉強しないのが、かっこいいと思っていたとか、修行をすれば、いつか空を飛べるようになると思って頑張っていたとか、大したことがないものばかりなんです。


 たぶん父の方が黒歴史をたくさん持っている。ちょっと他人とは感覚がズレているんですよね、僕の父は……。


 小学4年生の頃だったと思います。


 僕と父はふざけて、ハエ叩きを手に持って、戦っていました。


 本当にくだらないのですが、ハエ叩きは潰れたハエの色んなモノがくっついているので、当たると精神的ダメージがデカいんです。


 勝ち負けというよりは、嫌がらせのような感じの戦いです。もちろん有利なのは父。腕の長さが違うので、僕の方がたくさん叩かれていました。


 ——本当に、大人げないな!


 段々と腹が立ってきた僕は、父の太ももに蹴りを入れました。足は太ももの外側に当たり、パン! といい音はしましたが、所詮小さな子供の蹴りで、僕も本気で蹴ったわけではありません。


 父には効いていないはず——と思いましたが、なぜか父は、壁にもたれかかって動かなくなりました。


「えっ? どうしたの?」


 僕が訊いても、父は黙ったままです。


 何かがおかしいと思った僕がのぞき込むと、父はシャワーでも浴びたのか、と思う程に汗を流しながら、険しい顔をしていました。


「もしかして、足が痛いの?」


 まさかとは思いましたが訊きました。すると、


「かぁちゃん……呼んできてくれ……!」


 父は絞り出すように言います。その声で、これはマジのやつだな、と思った僕が母を呼びに行こうとすると、なぜか父は「待て」と引き留めました。


「階段から落ちたと、言ってくれ……!」


「……はぁ?」言っている意味が分かりませんでした。


「階段から落ちて、足を痛めたと言ってくれ……!」


 ……あぁ、なるほどね。


 父はおそらく、小さな子供に蹴られて怪我をしたと、言いたくないのです。カッコ悪いと思っているんでしょうね。


 でも、階段から落ちるのも充分まぬけだし、今いるのは、母屋の方。階段があるのは、隣にある2階建ての方の家です。


 ——階段から落ちたのなら、2階建ての家の方にいないと、おかしいんじゃないの? 


 僕はそう思いましたが、痛みで息も絶え絶えという様子の父が必死に言うので、その通りに母に伝えに行きました。


「父さんが階段から落ちて、足が痛いんだって」(棒読み)


 聞いた母はため息をついていました。


 父は病院でも元気よく「階段から落ちました!」と言っていて、もちろん先生や看護師さんには「あらら」みたいな感じで笑われているのに、父は満足げな顔をしていました。


 小さな子供に蹴られて、病院へ行くことになったという不名誉な事実は葬られましたから。もうそれで満足で、嬉しくて仕方がないのでしょうね。


 結局、父は肉離れになっていて、2週間くらいは歩きづらそうにしていましたが、父のよく分からないプライドに呆れていたので、僕は、自分が悪かったとは思えませんでした。


 本当に、くだらねぇ……。


 実は父には、僕と母にしか打ち明けていない秘密があります。肩にタトゥーが入っているんですよ、漢字で一文字『真』と。若気の至りだと言っていました。そしてこれは元カノの名前とかではなく、だと聞いたことがあります。


僕は、父が太ったせいで、横に伸びてしまったを脳裏に浮かべながら思いました。


いや、全然『真』じゃねぇじゃん。

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