住宅内見をしにいったはずのおれがなぜか魔王として勇者一行を迎え撃つことになったわけ

大隅 スミヲ

第1話

 この春、おれはついにひとり暮らしをすることが決定した。

 祖父が若い頃に建てた狭小住宅は、家族六人で暮らすには狭すぎた。

 春から近県の大学に進学が決まり、この家から出ていくこととなったのだ。


 おれのひとり暮らしについては、誰も反対はしなかった。

 特に妹は、やっとひとりの部屋が持てると小躍りして喜んだほどだった。

 いくら血を分けた兄妹だとしても、さすがに大学生と高校生が同じ部屋で布団を並べて寝ているというのも、ちょっと問題ありだろう。


 そして、きょうは不動産業者と一緒に部屋の内見をしに行く日だった。


※ ※ ※ ※


「本日はよろしくお願いします」

 おれは不動産業者の担当者である、中田さんという女性に深々と頭をさげた。

 そして中田さんの運転する車に乗り込むと、一緒に物件を見に行くこととなったのだ。


 道中、中田さんが4月から通う大学の先輩であるということが判明した。それだけでおれは中田さんに一気に親近感が湧き、姉のような存在として見るようになっていた。


 最初に中田さんが案内してくれたのは、築30年くらいのボロアパートだった。部屋にトイレと風呂はついているということだったが、エアコンの完備はしておらず、Wi-Fiも飛んでいないということだった。


「ごめん、中田さん。おれもさすがにそこまで貧乏学生をやるつもりはないっす」

 そう中田さんに告げて、次の物件の内見へとおれたちは進んだ。


 次にやってきたのは、ちょっとオシャレな感じのするマンションだった。マンションの入り口はオートロックになっており、防犯カメラも設置されていた。

 部屋はワンルームだったが、大きなクローゼットがついており色々と物を収納するには問題なさそうだった。


「いいなあ、こういう部屋。ザ・ひとり暮らしって感じがして」

「そうでしょう。気に入ってくれた?」

「あとはお値段しだいかな……」

 おれはそういって、中田さんが持っていたファイルを見せてもらう。


 家賃は月額10万円。ここは東京のオシャレな街とかではない。窓を開ければ田んぼや畑が見える田舎なのだ。それなのに月額10万。さすがに高すぎた。


「ごめん、もうちょっと抑えた金額のところは無いかな」

「そうだよね。学生のアルバイトで支払えるくらいの家賃じゃないと無理だよね……じゃあ、次に行ってみようか」

 中田さんはそう言うと、おれを次の物件へと案内する。


 次にやってきたのは、何だか奇妙な作りの建物だった。

 真っ黒で真四角。外から見る限り、窓もないような建物だ。


「なにこれ」

 おれは思わず呟いてしまった。


「この物件は、他のお客様にはあまり見せないの。今回は特別かな」

 中田さんはニコニコと笑いながらそう言うと、建物の扉を開けた。


 その建物の中には部屋が一つしかなかった。ワンルームマンションというわけではなく、建物自体がひとつの部屋なのだ。しかも、その部屋の広さは四畳半程度である。


「え、なにこれ?」

「大丈夫、大丈夫」

 中田さんは、呪文のようにそういう。


「じゃあ、ここを開けるよ」

 クローゼットのような場所の扉に中田さんが手を掛けて、力いっぱい引く。


 すると、ゴゴゴともズズズともいえるような音が部屋の中に響き渡った。

 え、なにこれ……。


 そこに現れたのは、石造りの廊下だった。そして、その石造りの廊下には赤いカーペットのようなものが敷かれていた。


「さあ、行きましょう」

 中田さんはそう言うと、おれの腕を引っ張るようにしてその廊下を進みはじめた。


 なんなんだ、ここ。

 困惑するおれを尻目に中田さんは慣れた足取りで、どんどんと廊下を進んでいく。

 そして、廊下の突き当りの鉄の大きな扉の前に辿りついた。


「なに、ここ?」

 おれの質問を無視するかのように中田さんは足を踏ん張って、その鉄の扉を押し開ける。

 鉄の扉の向こう側。そこはちょっとした宮殿のような場所だった。

 そして、その一番奥には立派な椅子がひとつ鎮座していた。


「ここは、魔王の間。先月、北の勇者によって、魔王様は討たれたの。だから、いまは空き家なのよ。どうかな。格安で住めるけれど」

「え……」

「何だったら、そのままって、名乗っちゃってもいいのよ。いまなら、勇者一行に討たれなかった下僕どももついてくるし」

「いや……あの……」

「わたしも魔王様に忠誠を誓いますわ」


 中田さんはそう言うとスーツを脱ぎ捨て、セクシーな革製のボンテージにマントという姿に変身してひざまずくと、にっこりと微笑んだ。


※ ※ ※ ※


 春になり、おれは大学生となった。

 昼間は大学で授業を受け、夜になると部屋に帰ってアルバイトに励む。

 アルバイトは居酒屋の店員……などではなく、魔王城の主である魔王だ。

 今宵も、部屋にあるクローゼットを通り抜けて、異世界へと向かい、いつくるかわからない勇者一行を待つのだった。



おしまい

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住宅内見をしにいったはずのおれがなぜか魔王として勇者一行を迎え撃つことになったわけ 大隅 スミヲ @smee

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