オンライン内見
@huller
オンライン内見
『最近はオンライン内見というのをやっておりまして』
「ははぁ」
『今回、地方から上京なされるんですよね? 内見のためにわざわざ現地に来られるのも面倒でしょうし、如何でしょうか?』
オンライン会議にて、私に向かって不動産営業マンが画面越しに提案してくれた。
上京のための部屋相談ということで、画面共有をしてもらいながら、良さそうな物件候補が数件絞り込めだした時の提案だった。
話を聞いてみると、部屋の中を営業マンがカメラで配信することによって、現地に居なくても内見ができるというものなのだ。道中もカメラ付きで移動するので、物件周囲の雰囲気も分かるとか。
「今はそんなことも出来るんですね。是非お願いできますか?」
実際ありがたかったので快諾した。私はなるべく安い家賃の部屋を探していた反面、物件選びに拘りもあるので良く確認したかったのだ。上京するのにも色々手間がかかるので渡りに船だ。
『はい! 最初の物件は直ぐ近くですから、今からでも内見出来ますよ!』
営業マンの速さが物凄い。食いついた餌は逃さないエネルギッシュさが伺える。私も見習わないと。
少し時間が経ち、画面共有される映像が切り替わる。いわゆるドライブレコーダーというのか、自動車の前方を中心に映す映像だ。心地よいエンジン音とともに、映像が動きだす。
『あ! そういえばだいじょうぶですか、映像酔いとか』
「だいじょうぶです~、ありがとうございます」
『なら良かったです! いや~大変ですよね~上京って。いざ引っ越す時とか、どうやって来られる予定ですか』
「そうですね~、新幹線で行こうかなと」
『あ~やっぱり新幹線が早いですよね』
「こんな便利な時代でも、体はありますから。テレポートとかできればいいんですけど(笑)」
『(笑)』
他愛もない雑談は、互いに気まずい時間を作らずに済む。
『今から向かう物件はお伝えした通り、既に一人入っていらっしゃってます。今風に言うとルームシェアの形ですが、よろしいでしょうか?』
「はい、だいじょうぶです」
ドライブレコーダーの映像が右折とともに変わっていく。
賑わった市街地から遠ざかり、枯れ草が目立つようになった住宅地。まともな改築もされていない、寂れた雰囲気。
「いいですね~、私が今住んでるとこと同じ感じがします」
『お、一件目から気に入りましたか。もうすぐ着きますよ』
寂れた雰囲気が貼り付けられたかのような、木造アパートに着く。
営業マンが別のカメラに持ち替え、車から降りる。それとともに共有映像も切り替わる。
ギィ、ギィ。錆びついた外付け階段の軋みとともに2階へ。
『こちら2階の204号室となります。もうすぐでルームシェアの人が外出すると思うんで、その後に内見としましょう』
「はい~、お願いします」
ガチャリ。その204号室の扉がちょうど開く。今住んでいる人だろう。
のっそりとした猫背の男だ。猫背と言っても、猫背でやっと営業マンと同じ背丈に感じる。腕や足は太く、背を伸ばせば威圧感のある姿になるのは想像に難くない。
『ちょっと、なんスか。何撮ってるんスか』
『こんにちは! 今オンライン内見中でして!』
男が低い声で営業マンに詰め寄る。なんだか剣呑だ。
『ハ? ナイケンとか知らないけど、撮るのやめろよ』
男の張り手が、営業マンのカメラを弾き、地面に落とす。共有映像がノイズとともに途切れる。ガラスが割れる音。
少ししてから、ギィギィと階段を降りる音……204号室の男が階段を降りたのだろうか。
階段を降りる音が終わると、極小ながら舌打ちの音。直後、営業マンの明るい音声が届く。おそらくは営業マンのヘッドマイクからだろう。
『申し訳ございませんお客様! 映像切れちゃいました!』
「あ……はい、だいじょうぶですよ。彼が部屋に住んでる方ですか?」
『はいそうです! すいません今から替えのカメラを車から取ってくるんで、オンライン内見は少々お待ちを』
「いいえ、だいじょうぶです」
『……というと?』
「私、此処の物件に決めました!」
『……あっ、本当ですか! まだ内見してませんし、他物件もありますが……』
「ピンときたんです。此処が絶対にいいです! 立地条件も最高ですし!」
『ありがとうございます! では、お支払い方法はお伝えした内容で……』
ウキウキと手続きに移る。営業マンの人柄も良いし安心だ。
ここから、私の上京新生活が始まるんだ!
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東京都XX区の住宅地にて、怨念霊体の除霊に成功。
木造アパート『◯◯荘』204号室の住民であった男は既に怪死。怨霊によるものと考えられる。
怨霊パターンは『べっぴんちゃん』と特定。△△県特有の女怨霊が何故東京都にて出現したのかは、別途調査中。
――■■■霊能事務所の報告書より引用
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★☆☆☆☆
安い物件を取り揃えてるって書いてあるから行ってみたけど、事故物件ばっか。
営業マンがしつこいから星1。
――某口コミサイトより引用
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『はい、最近はオンライン内見というのをやっておりまして!』
『今回、地方から上京なされるんですよね? 内見のためにわざわざ現地に来られるのも面倒でしょうし、如何でしょうか?』
――とある営業マンのテンプレートトーク
オンライン内見 @huller
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