物件2 『女怪の魔王』の魔王城

 不動アクマの朝は早い。

 早いと言うより、そもそも彼に心休まる睡眠時間は訪れない。


「はいはいワタクシ、不動アクマです。ご用件をどうぞ」


 夜行性の魔族、睡眠不要の魔族。

 彼の顧客にはそういった魔族ももちろん含まれており、深夜だからといって業務から解放されることは無い。

 不動アクマは魔界の不動産のプロフェッショナルであると同時に、魔界随一の社畜働き者でもあるのだ。


「え? あの、もう一度お願いします……なんですっテ?」


 本日も、彼の仕事不動産業について密着してみよう。


「――ハァ? 魔王城が人間に乗っ取られたァア!?」




 


*――*――*


 時は遡るほど数時間前。

 場所は魔王達が蔓延はびこるカオスな魔界――ではなく、魔族達の侵攻に怯える人間界のにて。

 

「――待ちやがれぇ、裏切り者ォ! あの夜、俺と約束したなぁ! 『魔族の首でネックレスを作る』って言ってたのは嘘だったのかァッ!!」

「私のこと遊びだったのね! 魔界から帰ったら結婚するって騙して嘲笑ってたのね!」

「ウォォォオオヤロゥブッコロッシャー!」


 多くのが松明やら農具やら、何らかの武器を片手に森を進んでいた。

 その様子はピクニックと言うにはいささか物騒すぎた。


「例え火の中水の中草の中、どんなところでも殺しに行ってやるよォ! 偽勇者――いや、『最弱の魔王』さんよォ!」

 

 それもそうだ。

 彼等が街総出で探しているのは新たな勇者として人間界の希望になるはずだった青年であり、長年街に潜伏していた魔王なのだから。

 によって判明した衝撃の事実は――その勇者曰く、彼が魔王達の中でも最弱であるという事も相まって――魔王への恐怖よりも自分達を騙くらかしていた魔族をこの手でぶっ殺すというを湧き上がらせた。


 彼等の胸を占める想いはただ一つ――


『今までの事、全部嘘だったんだなクソ野郎ッ! あと、街の守りの要である神器を返しやがれッ!』


 そして、そんな熱い想いを向けられている当の本人は――


「いやぁ〜参ったな。まさか、僕のがバレるとは……神器は手に入ったけど、もう人間界には居られないな。あ〜マジ悲しい。ちゃんと勇者として頑張ろうと思ってたのにな〜」


 これを街の人々が聞けば『どの口が!?』と怒鳴るだろうが、紛れもない彼の本心である。

 

 彼は本気で人間界に攻めてくる魔王達と戦おうと思っていたし、彼は本気でこの街の人々を愛していた。


 ――だからこそ、女神に認められた者しか扱う事の許されない神器が魔王を勇者と認定してしまった。


「……仕方ないか。人間界こっちで生きた年月の方が長いけど、魔界帰りでもするかな〜」


 夜の森に響き渡る怒号を背後に、『最弱の魔王』はヒッソリと人間界から姿を消した。





 


*――*――*


 オレ、不動アクマは急いで準備をしていた。『魔王城が人間に乗っ取られた』という信じられない馬鹿みたいな連絡を寄越してきた一般魔族のもとへ転移する準備を、だ。


「人間……おそらく勇者。またクソアバズレ女神サマがよく分からんトンデモ神器を生み出しやがったのか?」


 勇者。魔王が魔界だけでなく、人間界にまで争いの輪を広げだした頃に突如として現れた、『魔王を倒しうる超人』。

 実態は人間の間で広まっていたに存在する神、『女神』がもたらした超兵器――神器を振るう事の許された人間達の総称。


 ここで大事なのは、魔王が人間界に攻め入る前には『女神の伝承』なんてモノは存在して無かったことだ。

 魔族が人間を滅ぼし始めてから生まれたはずなのに、昔から実在してたかのように『女神』なるモノを崇める人間達。


 オレは長生きしてるから、よく覚えている。当時の魔王達の混乱が。


『『『なんだコイツら!? 魔族の魔法みたいな武器を扱う人間って怖ッ!? それに神器??? おい、どっかの馬鹿が魔法で生み出した武器を人間に与えやがったな!?』』』


 それまで魔族には身体能力で及ばず、魔法も使えない食料として見なされていた人間の大躍進だ。


 人間達の変化を把握した魔王は、犯人探しを始めた。


 だってそうだろう? 突然現れた『女神』が人間を守護し始めたと考えるよりも、どっかの魔王が何らかの魔法を使ったと考える方が自然だ。


「あの時は大変だったな……何故かオレが容疑者筆頭に挙げられるなんて。なんだよ『魔王城だけじゃなくて、人間界にも進出する気なんだろう!?』って……人間界にある魔王城はただの城だろ……」


 疑いを晴らす為、オレは不動産そっちのけで人間界へと諜報活動をしに行ったのだ。


 オレの魔法をフルに使った情報収集の末に分かったのは『神器は魔法によるモノだが、魔族の魔法ではない』『女神は人間界のどこにも存在していない』という意味不明な結果だった。


 つまり、魔族でないナニモノかが『女神』として人間に魔王を倒せる武器神器を魔法で生み出して与えているのだ。

 単純な力関係だと『女神の魔法』≒『魔王』というになる。

 しかも、『女神』はこの世界のどこにも存在していない。神器も無から突然生み出されている事になる。


「現代でも意味分からないって相当だぞ」


 とまあ『女神』については置いといて、問題は勇者だ。


 彼等は魔王を倒せる武器を保持しているが、それを使うのは人間。

 正面からやり合えば、基本的に魔王が勝つ。

 故に、勇者の基本戦略は暗殺だ。


 魔王本人や魔王に従う魔族に気づかれないように、魔王をぶっ殺し、全力で人間界に逃走する。

 まあ、気付かれても死人に口無しゴリ押し理論で特攻してくるヤツも多いのだが……君ら、覚悟ガンギマリすぎじゃない??


「そんな勇者が魔王城を占拠……何のためだよ??」


 いやホントに何の為だよ。知り合いからの連絡じゃなかったら『嘘乙』と笑いながら一蹴してるところだ……はっ!


「まさか――オレの仕事時間を削る為……?」


 オレの不動産が忙しすぎるのは魔界では周知の事実だ。そして、その事を知っていても仕事をドンドン頼んでくるのが魔界の魔族達だ。クソッタレすぎる。

 だが、今回連絡をくれた怪異系魔族のクンは心優しい魔族だ。ちょっと、【自身をじっと見たモノの精神を壊す魔法】を常時発動しているが優しい子だ。


 そんな子が誰でも嘘だと分かる連絡を寄越して来た……つまり、仕事の依頼という理由をつけて休ませてくれようとしてるのでは無いだろうか!?


「――なんて優しい人なんだ、くねくねクン……! オレを休ませる為にこんなしょーもない連絡までしてくれちゃって! 君が魔王になるんだったら格安で魔王城を紹介するよっ!」


 よし、そうと分かれば準備はいいや!

 サッサと転移して彼とティーパーティを楽しもう!


「(そうだ! 彼のあるじである『女怪の魔王』にもお土産用意しといた方がいいかもネ!)」


 ――勇者とか『女神』の事を頭から放り捨てたオレは、お気に入りのお菓子店で土産を買ってから転移した。


マイベストフレンドくねくねクン! 遅れてすみませ「あ、不動サン! この状況をなんとか出来そうなのがあなたしか居なくて!」……ん????」


「キャー!! 可愛い!!」「やっぱりこれくらいの年齢の人間が一番よね!」「おいしそう」


「ちょっ! 誰……か……!」


 ウキウキ気分で連絡のあった魔王城に転移して出迎えたのは、群がる怪異系女魔族達とその中心で「お助け〜!」と叫ぶ青年――外見も魔力もどこをどう見ても魔族ではなくの青年であった。


 オレの手からお土産の入った袋がカランと地面に落ちる。


「その、突然あの人間がここ――魔王城、怪異の宴屋敷に転移してきて……」


「……そのようですネ」


「――人間の男の子が好きな女魔族達がこうなっちゃいました……」


 ――えぇ……こうはならんやろ!?


「なるほど、では『女怪の魔王』は?」


「あの方は……」


 くねくねクンが顔を群がる女魔族達の奥へと向ける。


「ぽぽぽ!!! 落ち着きなさい! その青年は私の――いいえ、私達女怪異の伴侶にします!!! ぽぽぽ!!!」


「「「キャー!! さすが魔王様!!!」」」「ちょっと〜!?!?」


 そう宣言したのはこの城の女王、『女怪の魔王』だ。

 ボンキュボンのナイスバディ。白いワンピースに麦わら帽子。腰まで下ろした艶のある黒い長髪。

 そして、八尺ほどあるその背丈。

 

 彼女は女魔族から受け取った青年を、大きな胸に抱き込んだ。

 

「さあ、これから結婚披露宴よ! ぽぽ!」


「「「はーい!!!」」」「苦、……し、……」


 オレは思わずくねくねクンを見る。


「これをワタクシにどうにかしろと?」


「はいぃぃ……すみません本当にすみません……」


 うーん。マジかぁ……。

 

 

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魔界の不動産は忙しすぎるッ!〜ワタクシ、魔王城管理会社のモノなんですが……この魔王城、100年ローンでどっすか?〜 七篠樫宮 @kashimiya_maverick

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