クローゼットの【俺】

ガエイ

クローゼットの【俺】

 内見で数件のアパートを回っている。


 大学の卒業ギリギリの時期に内定を取ったものだから、ろくな物件が残っていない。


◇ ◇ ◇


 五軒目のアパートのドアを開ける。


 別段、これまで見てきた物件と大差はない。


 どれもこれも同じで、こだわりはないけど、何かが違う。


 それはこだわりがあるのではないのかと言われるかもしれないけど、『これが欲しい』ではなく『惹かれるものがない』という感じだ。


 にこやかな顔をして部屋を紹介する不動産屋のおばさんをよそに、勝手に1LDKの部屋を物色している。


 そして、不思議と呼ばれるようにクローゼットの前に惹き寄せられた。


 俺は思わずクローゼットを開けてしまった。


◇ ◇ ◇


「お、ようやく来たか」


 クローゼットの中には全く同じ間取りの部屋があり、生活感に溢れ、見たことのある顔が俺に声をかけてきた。


「最初は驚くよな、俺も驚いたからな」


 そこにいたのは寝転びながらテレビを見ている【俺】がいた。


「ここはそっちとは別の世界みたいでさ、並行世界ってやつ?」


 クローゼットから一歩中に踏み入れると、不思議と落ち着いた感じがした。


 全く来たことはないけど、きっと【俺】の部屋だからだろう。


「別の扉もそれぞれ別の並行世界と繋がってるみたいでさ、そのうちクローゼットも繋がるんじゃないかって思ってたけど、やっと繋がったか」


 部屋を見渡すと一人で生活しているにしては物が少ないように感じた。 


「風呂場の扉の【俺】の並行世界に、部屋を丸ごと使って物置にしてるから、リビングの【俺】の部屋は結構物は少ないんだ」


 すると、廊下へ続くドアから、更にもう一人腹を擦りながら【俺】が現れた。


「お、また一人増えたのか?」


 俺は困惑したような表情をしていたのだろうか、諭すように二人目の【俺】が声をかけてきた。


「便利ではあるけど不便でもあるんだよなぁ。トイレの扉も別の世界に繋がってるから、トイレに入ると【俺】の部屋の廊下に繋がっちゃうから、この部屋のトイレは使えないんだよね。あと、風呂も使えない、風呂の【俺】の部屋行っちまう。」


 どうやら便意が近づいてから扉を出ているようでは少し遅いのだろう。


「今は『玄関』『トイレ』『風呂』『リビング』の四人の【俺】で住んでるんだけど『クローゼット』の【俺】が入ったら五人か、五部屋目も使えるようになるなら更に快適になるなぁ。もしかしたら扉の更に先の扉も開くかもしれないしな」


 リビングの【俺】とトイレの【俺】が笑いながら話している。


「あ、そうだ。内定とった会社はクソだったから、行かないほうがいいぞ」


 突然の宣告に思わず衝撃を受けてしまった、かなり慎重に選んだ会社だったのに。でも、【俺】が言うんだから間違いないのだろう。


「この部屋はさ、時間に少しズレがあるみたいでさ。リビングの【俺】が酷いパワハラにあってたらしくってさ、今はみんな仕事辞めて時間差を利用して株で儲けて暮らしてるってわけ」


 ここに住む【俺】達は相当この部屋を使いこなしているようだった。


「で、どうする? 『クローゼット』の【俺】も来るだろ? この部屋」


◇ ◇ ◇


「この物件にします」


 俺は不動産屋のおばさんに声をかけ、契約書に署名をした。

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