脳筋一番☆【北西ノavalokiteśvara】

橘 永佳

脳の筋力は全てを解決するッ……んんっ?

 JR主要駅まで徒歩5分、何なら私鉄最寄駅は徒歩2分。


 低層階の閑静な住宅街で、坂の無い平地。


 周辺にはスーパー一つにコンビニ二つ、その他にも病院から郵便局に銀行にと一通り完備、さらには派出所まであって治安も良好。


 そこそこの大きさの道路の四つ角の北西に位置し、つまりは南東が開けているため日当たりも良好。


 ここにネット無料に宅配ボックスに独立洗面台に24時間ゴミ出しOKまで付く、築まだ5年のマンションの1LDK。


 その家賃が管理費おまけに水道代込みで


「ええ、まあ、そうなんです仰られる通りなんですけれどもねっ!?」


 ほぼ問答無用で駆り出された某不動産仲介業者の営業の笹村が応える。


 物件情報に小さくある「告知事項有」に気付かなくても、ここまで破格の条件であれば、ちょっとカンの良い人ならすぐに察するもの。


 即バレなのは問題ではない。というか、法律で告知しなければならないのだから推察されようがされまいが関係ないのだが。


 問題は、迂闊には貸せないのに、この物件に激しく食いつかれていることだ。


「うん、いわくつきだから安いんですよね! だったら超お得な普通の部屋ですよね!」


 何も知らなければ爽やかなイケメンと言えなくもない、成人したての鬼塚おにづか三太サンタが振り返る。

 無駄に溌剌はつらつとした笑顔に、意味もなくちょっとガッツポーズまで添えて。


 不動産仲介の営業として5年ほどのキャリアを積み、海千山千とまではいかなくても、まあ変わった困った客は数えきれない程度には当たってきた笹村ではあったが、ここまで相手は初めてである。


 いや、住宅の内見は普段ごく普通に当たり前に無料でやってることだから、それ自体が問題なのではない。昨日応対した際に「難しい」とちゃんと伝えたのに、今日再訪したかと思いきや、あれよあれよという間に気が付けば現地前。


 笹村はもう営業の顔も何もなく露骨に困惑を表していた。


「ですから、いやまあ、そりゃ怪奇現象が無くなればただの超格安物件で――いやそれなら賃料も再査定に――あ、いえ、じゃなくて、幽霊がいなくなったから金額を上げるとかいうんじゃないんですよ?」


 建前と裏事情との間で反復横跳びをしてしまった笹村が「じゃなくて、貴方には紹介できないと――」と続けるのをガン無視して、「大丈夫です! まかせてください!」と三太が胸を張って物件内へと突き進んだ。


 何故か鍵が開いてあっさり侵入。

 LDK入口のドアを開けたところで立ち止まる。

 ドヤ顔で取り出したのは、普通のスマホ。

 それをカメラモードにして、まずは一枚。


「ぅわっ!」


「うん、いますねっ」


 ドン引きする笹村に、快活にうなずく三太。

 スクリーンに表示された写真画像には、人影が写っていた。

 小さいものは幼児サイズから、大きいものではバスケ選手超まで、色は白から黒まで、まあ多種多様に


「いやダメでしょコレっ! 無理無理!」


 貸すたびに真っ青な顔で解約されるのを繰り返し、まあ居るんだろうなぁとは思っていた笹村も、まさかここまでとは夢にも思っていなかった。


 しかし、完全に腰が引けた笹村に対して、三太は全く平気な顔をしている。


「大丈夫ですよ!」


 歯切れよく言ってから、大きく深呼吸する。

 続いて、一音階上の甲高い声でお笑いコントか怪しい占い師よろしく高らかに叫んだ。


「はいいいいィィィッ!!!」

 ぱぁんっ!


 目前の空間が仄白く光り、その中に満員電車よろしく人影が浮かび上がって、と思いきやダンプに撥ねられたみたいに全て吹っ飛んだ。


「はあっ!? アンタ霊能者だったの!?」


「いえ? 今のは念動力サイコキネシスです!」


「え? 超能力って除霊できたっけ?」


「幽霊って、恨みやら未練やらでこの世に残ってるんですよね? それって強い思念ってことですよね? なら強い思念の力サイコキネシスで殴れますよね?」


「そうなの――かなぁ?」


 笹村的にはイマイチ納得がいかないが、現に瞬間を目の当たりにした以上は強く否定できない。


「はい! 脳の力は全てを解決しますッ! 脳力は裏切りません!」


 自信満々に言い切る三太。


「え? 何その脳筋思考――いやその脳筋じゃなくって脳の筋力的な――いやいやそれ筋肉って言わないでしょケド何か間違いなく脳筋思考な? アレ?」


 困惑のループに入ってしまった笹村を放置して、三太が今度はコンパスとメジャーと水平器を取り出す。

 いや確かに内見時にあると便利な道具だけれど、と首をかしげる笹村を尻目に、コンパスと水平器を床に置く三太。


「え? 何コレ怖っ」


 またも引く笹村。

 猛烈な勢いでグルグル回るコンパス。

 明確に傾きを示す水平器。


 一方、三太はてきぱきとメジャーを伸ばす。

 水平器が示す、傾いている方向に沿って。

 測られたLDKの幅を見て、笹村が首を傾げた。


「あれ? 間取り図面よりも狭い?」


「そこですっ」


 三太がメジャーを伸ばした先の壁を一喝。

 ミシッ、と一瞬きしんだかと思いきや、


「うっそぉ!?」


「うーん、名付けてマグネットゴーレムですかね? 妖怪じしゃく石の現代版、かなぁ」


「何それそんな妖怪いるの!?」


「とある地方にはそんな伝承がありますよ?」


 のんきな会話を繰り広げている間に、磁石人形マグネットゴーレムは二人へ迫る。そもそも室内、二、三歩でもう目前だった。


「いや霊障とかじゃなくて物理的に障るじゃんコレっ!」


「大丈夫ですよ!」


 またもパニクる笹村に、これまた太鼓判を押す三太。

 メジャーをひたすら伸ばしつつ、迅速かつ器用に磁石人形マグネットゴーレムをぐるぐる巻きにする。

 そして次に取り出だしたる自転車ライト用の発電機ダイナモへとつないだ。


「はいいいいイイイィィィッ!!!」


 気合一喝、しかし今度は相手を吹き飛ばすのではなく、発電機ダイナモがアホみたいな速度で回転する。


 数秒で磁石人形マグネットゴーレムがカタカタと震え始め、あれよあれよという間に崩れ落ちた。


「何何今度は何が起きたのぉ!?」


念動力サイコキネシス発電機ダイナモ回して発電して、逆方向の磁界を発生させて奴を減磁させました」


「え? 塊の磁力を消したってこと? 古い自転車チャリ用のだダイナモで? いやどんだけ電力要ると思ってんのよ!? メジャーの電気伝導率じゃ無理でしょ!? つかどんだけダイナモ回せと!? 壊れるでしょ普通、つかなんで燃えてないのよそのダイナモ!?」


 ラッシュでツッコむ笹村に、三太はカラっと笑った。


「メジャーは銅製ですし、ダイナモは壊れないように念動力サイコキネシスで補強しながら使いました! ダイナモは念動力サイコキネシスで頑張って回しました!」


「何でもアリかよっ!?」


「はい! 脳の力は全てを解決しますッ!」


 うっそぉと繰り返しつつ頭を抱える笹村をまたも放置して、三太は次なる獲物へと向かう。


 そこは風呂場。


 おもむろにシャワーから水を――と、勢いなくちょろちょろとしか水が出ず、また、排水溝へ流れていったはずの水が微妙に来た。


「そこですっ」


 またも三太が一喝、今度は排水溝からと異形が湧きあがる。


「ぅえっ、今度は半魚人――だけど、ちっさいな」


 もはやお約束のドン引きを披露し、しかしサイズ感を確認して気の抜けた様子になる笹村。

 確かに、先ほどまでの霊の大群なり磁石人形マグネットゴーレムなりと比べると、拍子抜けしても不思議ではない。上半身魚の身体で、笹村のひざ下までしか身長が無いのだ。


 が、笹村のそのセリフのどこに地雷があったのか、見る見るうちに半魚人の機嫌が悪くなる。

 怒涛の勢いで浴室中にカビがまん延し、排水溝からはボコボコと不吉な音を立てて水が戻り始めた。


「あ、ダメですよ笹村さん。これダゴンですよ? 確かにminiですけど」


「ダゴンって、悪魔じゃん!! ダメだ終わった死んだわ俺」


「大丈夫ですよ!」


 膝から崩れ落ちた笹村の背を叩き、三度明朗快活に笑顔を見せる三太。


「ハイイイイいいいぃぃぃィィィッ!!!」


 今度は初回同様に仄白く光り、その瞬間だけ電光掲示板みたいな何かが宙に浮かび、即座に三太の手が「ィイぃッ! イッ!」と奇声とともに2回閃いた。


 ぽんっ。


 半魚人が普通人間に変化した。

 見た目、古代の学者風っぽいとでも言おうか。

 そして、素人笹村の目にも明らかに機嫌がよくなっている。


「え? 誰これ?」


念動力サイコキネシスでステータスウィンドウを暴いて、【名称】欄にあった『Dagon』からaとoを削って『Dgn』にしました! Dgnはウガリット語で『穀物』、つまり彼は本来大地の豊穣をつかさどる神だったんです。けど長年イロイロあって悪魔だの邪神だのに歪められてんで、念動力サイコキネシスで名前の一部を削って元の姿に還元してあげました!」


「そっか、良かったね――じゃなくって! おかしいよね!? って何それゲームじゃあるまいしソコから名前を削るってもう概念だか観念だかの世界じゃん!? 念動力サイコキネシスって言えば何でも通るわけないでしょお!?」


「いえ! 脳の力は全てを解決しますッ! 脳力は裏切りません!」


「何でさあああああああっ!!!」


 ここに至って、ついに天に向かって咆哮する笹村を、三太のドヤ顔が迎え撃った。


 カビだの何だのを全て消して、機嫌よく帰っていくダゴンDgnmini。その姿を見送ってから、三太が嬉々として振り返る。


「これで万事解決、超お得物件の実現です! 月2万円で借りていいですよねっ?」


「いや、だからお貸しするのは難しいと言ったでしょう?」


「? いわくつきだからですよね? 解決したから問題ないですよね?」


「じゃなくて、紹介できない、と」


「え? 何でですかっ? 問題いわくは解決したのに!?」


 がっつりのぞき込む三太。

 頭をガリガリとく笹村。

 その笹村が息を吸って、大きく吐いて、ポツリとこぼす。


「鬼塚三太さん、貴方、無職じゃないですか……」


「…………おっふ……」

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