2、正体を現した変態な家

「内見では用を足しちゃいけないルールなんだよ!」


 わけの分からないことを言う殿下に、


「用を足すわけじゃない。入ってみるだけですよ」


 俺は問答無用でトイレに足を踏み入れ、扉を閉めた。ズボンのボタンを一つずつ外していく。

 何も起こらない。

 だが俺のちっちゃな息子がぴょこんと顔を出した途端――


「やっぱりぃぃぃっ!」


 四方の壁が全て、一瞬にして透明になった!

 俺は速攻、大事なものをしまった。 


「なんなんだよ、この家!」


 俺はボタンを留めると、プンプンしながら外へ出た。壁の色は元に戻っている。


「ねえねえ、見えたかい?」


 エドモン殿下はレモとユリアにこそこそと耳打ちしていた。


「やっぱり私の婚約者ジュキエーレ様は本当に、美少年じゃなくて美少女なのかしら」

 レモが顔を覆い、


「獣人族のわたしの目をもってしても見えなかった!」

 ユリアがたわわな胸を張る。


「おい」


 俺が不機嫌な声で呼びかけるのも構わず、


「やっぱり僕ちゃんのお嫁さんにするしか!」


「俺はレモの婚約者だ!!」


 大声で主張するとエドモン殿下は目をそらした。


「そうよね、ジュキ! あなたが女の子でも男の娘でも愛してるわ!」


 レモが俺を抱きしめてくれる。


「トイレの壁にシーツでも張り付けないと安心して用も足せねえな。で、寝室は二階なんでしたっけ?」


 俺が冷たい声で尋ねると、殿下は涼しい顔でうなずいた。


「そうだよ。でもこの家、ボルダリングで二階に到達するようになっているから、運動が大好きなユリア嬢にもぴったりってわけだ」


「ボルダリング?」


「そう。ロッククライミングをスポーツ化したものさ」


 なんてめんどくさい家だ!


「私、風魔法で登るわ」


 さっそくレモがあきらめてるし。


「階段がないわけじゃないんだけど、開かずの扉の先にあるんだ」


 いきなりホラーかよ。


 殿下に案内された小さな扉に手をかけると、


「本当だ。全然動かねえ」


「鍵がかかっているのかしら?」


 横からレモが手を出すと――


「開いたわよ!?」


 あっさりと扉が開き、階段が現れた。


「実はその扉」


 殿下がなぜか俺の方を見てにやにやしながら説明を始める。


「スカートを履いている者にしか開けられないんだ」


「べつに俺も魔法で飛べるし、わざわざ階段上るためにスカートなんて履きませんよ?」


「ちっ」


 殿下は小さく舌打ちした。その腕にはどこから出したのか、チェック柄のプリーツスカートがかかっている。

 段々この家、住みたくなくなってきたぞ。帝都で花粉を我慢していた方がマシじゃないか?


 次第に不機嫌になる俺と、護衛たちも含めた全員が結局、風魔法で二階へ上がった。

 エドモン殿下は廊下の端にある扉を開け、


「ここがジュキエーレちゃんの寝室だよ。壁が厚めになっているから思う存分、歌の練習ができるはずだ。ほら、楽器も用意してある」


 エドモン殿下の指さした先にはチェンバロが鎮座していた。

 

「なんか壁がデコボコしていて不気味なんだけど、仕方ないのかな」


 部屋に入って左右を見回す俺に、


「音響効果のためだよ」


 エドモン殿下が答えながら、手にしたプリーツスカートをクローゼットにかけた。


 窓と反対側には大きなベッドが置いてあった。天蓋はないが、いくつもクッションが並んでいて気持ちよさそうだ。


「はぁぁぁ、疲れた!」


 俺は衝動にあらがえず、思わずベッドにダイブする。


「ジュキエーレちゃん、疲れたのなら横になっていていいよ。あと内見するのはお嬢さん二人の寝室だけだから」


「うん」


 殿下の言葉に目を閉じたまま答える。

 みんなの足音が遠ざかっていく。


 誰もいなくなった部屋でクローゼットのひらく音がした。

 心臓が跳ね上がる。

 いや、落ち着け俺。隣の部屋から聞こえたのかも知れない。


 怖くて目を開けられないままベッドの上で固まっていると、ベルトの金具がカチャカチャと音を立て始めた。うっすら開けた俺の目に映ったのは――


「触手!?」


 壁から伸びた複数の触手が器用に俺のベルトをはずしていたのだ!

 腰に下げた聖剣を奪うつもりなのか!


「この魔物め!」


 起き上がろうとするが、触手に押さえられて身動きが取れない。

 なんとか寝返りを打ち、俺は聖剣の上に乗ることで守ろうと――


「あれ?」


 ベルトを外し終えた触手たちは聖剣に目もくれず、俺のズボンをするぅりと引き抜いた。


「この家、変態!」


 さらに伸びてきた別の触手が下着にかかる。


「キャーッ」


 俺はたまらず女の子みてぇな悲鳴を上げてしまう。


 触手がクローゼットの中から、裾にレースのついたプリーツスカートを取り出し、俺に履かせようと奮闘し始めた。


「やめろって!」


 じたばたともがくも壁からは次々と触手が伸びてきて、俺をベッドに押し付ける。


「水よ!」


 俺はたまらず精霊力を解放した。

 虚空に水の刃が出現し、触手に斬りかかる!

 スパっと切れるも――


「また出てきやがった!」


 壁の凹凸が目にも留まらぬ速さで伸びてきて、俺を着替えさせる。


「くそっ、本気を出すしかないか!」


 俺は体内に精霊力を集めた。


「水よ、敵影てきえい包みててつきたまえ!」


 その場の触手が全て凍り付いた!


「よし!」


 起き上がろうとしたとき、今度は床と天井から触手が伸びてきた!


「きりがねえ!」


 俺はすでにマントもベストもシャツも脱がされ、胸元に大きなリボンがついたブラウスを着せられているところだ。


「水よ、おびただしきやいばとなりて我が意のままに駆けよ!」


 数には数で対抗だ!

 水の精霊力で生み出した無数の氷刃が部屋中を駆け巡り、次から次へと触手を切り刻んでいく。


 やがて勝敗は決した。

 「変態な家」はなかば崩れ落ちている。

 胸元におっきなリボンをつけ、裾レースが愛らしいチェックのプリーツスカートを履かされた俺は、白い生足をさらして中庭にへたり込んでいた。


「ジュキ、大丈夫?」


 レモが心配そうに見下ろす。


「かわいくなっちゃって」


 言わなくていい。


「面白いおうち、倒壊しちゃったのー」


 ユリアが見上げるのは、もぞもぞと複数の足を動かして逃げようとする家だったもの。


「さすがジュキエーレちゃんは強いなあ」


 怪しい家を見上げるエドモン殿下の背中に、俺は鋭い声で問いを投げかけた。


「殿下の仕業しわざですね!? なんなんですか、この家!」


「あー、実は家自体が魔法生物でね。僕ちゃんの使役魔獣だったのさ」


 てことは、やっぱり全部この人のたくらみじゃん!


「家自体が魔獣だなんて住めるわけないよ!」


 俺のもっともすぎる意見に、殿下はさわやかな笑い声を上げた。


「ハハハ、まあ目的を一つは達成したし、いっか」


「目的?」


 眉根に力をこめる俺に、


「ああ。一つはジュキエーレちゃんを女の子の姿に戻すこと。もう一つはジュキエーレちゃんが女の子である証拠を集めて、正式に僕ちゃんの婚約者とすることさ」


「俺は男だぁぁぁっ!」


 暮れなずむ空に俺の絶叫がこだました。


「ね、だから内見してよかったでしょ」


 なぜかレモだけが楽しそうに、ほのかな胸を張っていた。




─ * ─




ジュキちゃん、美声で美少年なのに毎回受難だなあ、もっとやれ。と思っていただけたら、★で応援お願いします!


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https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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変態な家 ~ミッション:美少年を男の娘にせよ!~ 綾森れん@『男装の歌姫』第四幕👑連載中 @Velvettino

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