変態な家 ~ミッション:美少年を男の娘にせよ!~

綾森れん@『男装の歌姫』第四幕👑連載中

1、住宅を内見しよう!

 皇后陛下が主催したサロンには、華やかに着飾った貴族たちがひしめいていた。

 俺の婚約者であるレモネッラ嬢が鍵盤楽器チェンバロの椅子に座って声楽曲カンタータの前奏を弾き始めると、すぐ近くの数人が振り返った。


「あら、チェンバロの脇に立っているお嬢さん、噂の歌姫ちゃんじゃない?」

「皇后陛下が溺愛していらっしゃるという」

「美しい銀髪にエメラルドの瞳! 間違いないわ!」


 チェンバロの脇に立っているのは俺、ジュキエーレである。銀髪にエメラルドの瞳というのは間違いない。

 だが俺は、お嬢さんじゃない!

 皇后様の命令で淡い桃色のドレスに身を包んでいるだけだ!


 だって仕方ないだろ? このレジェンダリア帝国で一二を争う権力者に逆らうわけにゃぁいかねぇんだから。

 高貴な方々ってのは分からねえ。なんで俺に少女の恰好をさせたがるんだ!


 俺は不慣れなカーテシーをしてから歌い始めた。


「やわらかい春風が私の頬を撫で

 小鳥のさえずりと共にあなたの思い出を運んでくる

 色とりどりの花畑の向こうに

 飛び交う蝶々たちのうしろに

 あなたのまぼろしを見た気がした」


 今の季節――早春にぴったりな言葉たちが伸びやかな旋律に乗り、天井画に描かれた青空へ昇ってゆく。

 窓の外に見える庭園は月明りに照らされているが、絵画の中では天使が陽光を受け、花々と共に舞っている。歌声は俺の思いのまま高く飛翔し、シャンデリアから下がる色ガラスに触れてキラキラと光を放った。


 音楽が終わると貴族さん方は拍手喝采で答えてくれた。

 だが俺はいまいちだったと思っている。チェンバロから離れて壁際に下がったレモネッラ嬢に、


「どうもいけねぇ。このごろ鼻がムズムズして歌いにくいんだ」


 と愚痴った。


「あらジュキ、それ多分ムズキ花粉だわ」


「何それ」


「春になると毎年、瘴気の森から飛んでくるのよ。ムズキっていうのは魔法植物に分類される樹木の一種なんだけど、吸い込むとくしゃみが出たり、涙目になったりするの」


 なんて厄介な話だろうと思っていたら、後ろから大きな手が俺の華奢な肩に乗った。


「僕ちゃんの可愛らしいジュキエーレちゃん。帝都の風物詩、ムズキ花粉に困っているようだね?」


 気障きざったらしいしゃべり方は皇后様の息子、エドモン殿下である。

 

「ジュキエーレちゃんたちを皇室の別荘地に招待しよう! 瘴気の森から離れれば花粉も飛んでこないよ」

 

「わたしも行くのー!」


 エドモン殿下のうしろから姿を現したのは、黄色い耳と尻尾をつけた獣人族のユリア嬢。


「おお、ユリア嬢も来るかい。ちょうどいい。あいている邸宅があってね、素敵な音楽室があるからジュキエーレちゃんにぴったりだし、レモネッラ嬢が喜びそうな魔術書を収めた図書館もある。さらにユリア嬢が筋トレできる設備も備えているよ」


 獣人族のユリアは体を動かすのが好きなのだ。胸筋が鍛えられているせいか、背は低いのに胸はでかい。


 突然、帝都を離れる誘いを受けて戸惑う俺に、エドモン殿下は言葉を重ねた。


「一ヵ月ちょっと滞在するだけさ。四月も終わりになればムズキ花粉は収まるから」


「それなら」


 うなずきかけた俺を遮って、レモが口をはさんだ。


「素敵ね。でも一度、内見させていただいてもいいかしら?」


「内見?」


 問い返す殿下に、レモは控えめな胸を張った。


「ええ。住宅の内見は重要よ。引っ越して荷物も運びこんで、いざ住んでみてから思ったのと違ったらショックでしょ?」





 というわけで俺たち三人は、皇室の別荘地へやってきた。


「空き家になっている屋敷は僕ちゃんの所有する邸宅の中庭にあるんだ」


 数人の護衛に守られたエドモン殿下が立派な門をくぐり、よく整備された前庭を歩いて俺たちを案内してくれる。


「エドモン殿下の所有する邸宅?」


 オウム返しに尋ねる俺に、


「うん。春は僕ちゃんも別荘にいることが多いね」


 しれっと答える殿下。なんだか嫌な予感がする。


「殿下の邸宅から、その空き家がよく見えるなんてことは――」


「そりゃあ中庭に建ってるから見えるけれど、逆に言えば僕の護衛たちが守ってくれて安心とも言えるね!」


 なんとなく自由が制限されるような、監視されるような気がするんだが、俺の考えすぎかな。


「さあ、着いたよ」


 殿下が案内してくれたのは、こじんまりとした二階建ての住宅だった。落ち着いたサーモンピンクの壁にオレンジ色の瓦屋根が乗り、日々強くなる日差しを反射している。


 玄関は石段を上がったところにあった。護衛の男が鍵束を出し、贅沢に木彫りがほどこされた扉を開ける。


 邸宅に足を踏み入れると、玄関ホールは吹き抜けになっていた。壁には大きな油絵が飾られ、さすが皇族が所有する屋敷といった雰囲気だ。


「ベッドルームは二階にあるんだ。一階はリビングルームとテラス、それから水回りだね」


 エドモン殿下が説明しながら先へ進む。


 扉を抜けた先は大きな暖炉と、金糸の布張りが豪奢なソファを備えたリビングルームだった。マントルピースの上には金縁で飾られた鏡が鎮座している。


「あっちがテラスね!」


 レモがガラス扉の向こうを指さして走り出す。


 素焼きテラコッタの茶色いタイルが敷き詰められたテラスからは、花々が咲き乱れる庭園が一望できた。


「なんて素敵な場所! ジュキがサロンで歌っていたカンタータの景色みたい!」


 レモは大理石の手すりから身を乗り出して、花園を飛び交う蝶々たちに目を細めた。


「ちょうちょ、おいしそう」


 すでに腹をすかせているユリアは放っておいて、俺はエドモン殿下へ気になることを尋ねた。


「あそこにガラス張りの部屋が見えるけど、あのスケスケなの浴室ですよね?」


「知らないのかい、ジュキエーレちゃん。いまどきのデザイナーズ物件にはスケスケバスルームが欠かせないのさ」


 知らねえよ、と俺は胸の内で毒づいた。


「でも安心したまえ。レディたちが使うときには木製のルーバーが下りてくる仕組みになってるから」


「ならいいけどよ」


「どうやってルーバーを下ろすのかしら?」


 振り返ったレモがガラス張りの浴室へ近づいていく。


「内見時にはこういうチェックが大事なのよ」


「レディが浴室に足を踏み入れると自動的にルーバーが降りてくる魔法がかけてあるんだ」


 殿下の言葉通り、レモが浴室をのぞくと瞬時にしてルーバーが下がった。


「すげぇ。俺もやってみる!」


 しかし、俺が首を突っ込むと――


「ルーバー上がってくじゃん!」


「おっ、ジュキエーレちゃんは自分で自分をレディだと思っていたのかな!?」


 楽しそうにのたまう殿下を俺はにらみつけた。


「俺は男。ガラス張りだって堂々と入るからいいもん」


「でもさあ、お庭の向こうに建ってるお屋敷、エドモン殿下のおうちでしょ?」


 ユリアが木々の間から見える立派な邸宅を指さす。


「殿下はジュキちゃんのお風呂、のぞき放題だねっ」


「ユリア嬢、種明かしをしてはだめだっ!」


 本音を漏らす殿下に、俺は心の中で舌打ちした。

 だがまあテラスに背中を向けてシャワーを浴びればよいだけだ。


「トイレはこっちかしら?」


 レモはすでに隣の扉を開けている。


「さすがにスケスケじゃないのね」


「そりゃそうさ。最初からスケスケだったら警戒されて、ジュキエーレちゃんが使ってくれないじゃないか」


 エドモン殿下が引っかかる発言をした。


「ちょっと待って。俺、トイレ入ってみていい?」


「えぇっ」


 なぜか殿下は慌てた。


「内見では用を足しちゃいけないルールなんだよ!」


 わけの分からないことを言う殿下に、


「用を足すわけじゃない。入ってみるだけですよ」


 俺は問答無用でトイレに足を踏み入れ、扉を閉めた。




─ * ─




トイレにはどんな仕掛けが!?

次話(最終話)へ続く!

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