実話風落語小噺「住宅の内見」

笹 慎

***

 いやぁ、花粉のシーズンですな。もう目がかゆくて、かゆくて、私には春が一番キツイ季節です。でも若い人にとって春はね、サクラサクってことで受験の合格が発表されたり、新しい門出に向けての準備する時期ですな。


 今日はそんな新生活への期待に胸を膨らませた若者の小噺でも一席。


 とあるド田舎に住んでいたFさん。とにかくこのコンビニに行くのでさえ、車で三十分かかるこの僻地から脱出したかったそうで、受験勉強をとても頑張りましてね。それで無事に第一志望の東京の大学に合格したんです。


 有名な大学でしたからご両親も大変喜ばれて、家計も厳しいのに一人暮らしを許してくれたそうで、Fさんもなるべく安くて大学に近いお家を探しまして。


 なんとか探し出した候補の賃貸物件は、最寄駅は大学まで一本の路線で行けまして、でも各停しか止まらないので他の駅に比べると少し相場が安かった。木造バストイレ一緒、しかも築年数が三十年。それでも二階以上の部屋は予算オーバーだった。


 ところで、Fさん。中学高校とずっと野球やってまして、家の農作業もよく手伝ってたので、ガタイが良かった。大谷翔平選手……とまでは言えないまでも、身長一八五センチ、体重も八十キロごえのマッチョでして、なので防犯面の条件は少し落としてもいいかなと思ったんですな。


 それで同じアパートでも一階の物件なら、なんとか予算の範囲内の家賃だったので、そちらを第一候補として不動産屋に連絡を取りました。


 そうそう。皆さん、知ってます? いまの時代、住宅の内見って現地に行かなくても、WEBカメラ使ってね、できるんですよ。不動産屋さんがね、ZoomやLINEといった通話アプリで部屋の中を見せながら紹介してくれるんです。便利な時代になりましたな。


 Fさんも何度も東京に家探しに行くのは大変だからてんで、このサービスを利用しまして、その第一候補の内見をすることにしました。


 約束の時間にノートパソコンの前でFさんはご両親と一緒にドキドキしながらね、「どんなおうちだろうね」とか「ボロくても、うちよりは新しいべ」とかね家族で話しながら、内見が始まるのを待ってました。


 画面に映った不動産屋さんは気の良さそうな中年のおじさんでね、スマホのインカメラの扱いに不慣れなのか、自己紹介中ずっと顎の下が映ってたそうで、Fさんは笑っちゃ失礼だってんで必死にこらえてたそうです。


 第一候補の物件は、玄関入ってすぐに短い廊下にそって小さな台所と洗濯機置き場があって、左手にユニットバス、そして正面の扉を開けると和室の六畳ワンルームという作りでした。


 不動産屋さんが最初インカメラのままで部屋の紹介し始めたり、多少のトラブルもありましたが、とても一生懸命にキッチンやユニットバスなどカメラで映して説明してくれて、変に都合の悪いところも隠したりもしないし、Fさんもご両親も「信頼できそうな不動産屋さんだなぁ」と好感を持ちまして。


 大学の合格発表後は、条件のいい学生向けの賃貸物件はどんどん決まっていってしまいますから、Fさんもご両親も予算内でこれ以上の物件はないだろうと、ここに決めることにしました。


 それで不動産屋さんも一発でお部屋が決まったもんですからね、サービスも兼ねてなのか「家具の準備もあるでしょうから」とメジャーで部屋の採寸してくれ始めたんです。Fさんも見取り図に、不動産屋さんが測ってくれたサイズを記入していきます。


 最後に、Fさんのお母さんが「あ、忘れてました。押し入れもお願いします」っておっしゃって、不動産屋さんも慌てて「お見せしてなかった。申し訳ございません」って謝られて、すぐに押し入れの襖をこうピヤっと開けたんですね。


 そうしたら、押し入れの中を見て、全員が硬直した。どうしてかって言いますと、なんと……


 薄汚いオジサンが包丁持って体育座りしてたんです。押し入れの上の部分で。


 そのオジサンね、襖が開いたら、すぅううっと、こちらに顔を向けて、瞳孔の開ききった瞳でね、じいっとカメラレンズを見つめて、無精ひげに囲まれた皮の剥けた唇をゆっくりと動かしたんですよ。


「ぼく、■■□□□ピーーーー


 何言うのかと思ったら、某国民的アニメの万能猫型ロボットの声マネです。どう考えても正気じゃない。


 もうパソコンの前で、お母さんは悲鳴をあげるし、お父さんは「どこが猫なんだ! ドブネズミじゃねぇか!」って的確なツッコミ入れながら怒り始めるし、Fさんはとにかく通報しなきゃとスマホを探して右往左往して、Fさんちは大パニック。


 それ以上に大パニックなのは不動産屋さんです。そりゃあ、目と鼻の先に包丁持った不審者いるんですから、当たり前ですよ。「ギャー!」ってありったけの声で叫んで、スマホを畳に落としてしまった。


 畳にカメラ側が落ちたんで、そこから先は音しか聞こえない。ドッタンバッタン。ギャーという悲鳴。Fさんは震える手でどうにか110番をタップして、警察に物件住所と事情を説明する。そうしてる間もパソコンの画面からは、ドッタンバッタン等、不穏な音が聞こえ続けてます。


 もうFさんもご両親も、不動産屋さんが心配で心配で、真っ黒な画面にね、手合わせて必死にご先祖様に祈りました。


 すると、突然「ど●でもドアぁ~」という間の抜けた声とともに、


 ガラガラっと


 窓が開く音がした。それに続いて「タ○コプター」と叫ぶ声がして、ぷっつりとすべてが静かになった。


 パソコンの前で家族全員で顔見合わせて、最悪なことになってないことを祈って「なんまいだ~、なんまいだ~」って、Fさんちもお祈りにより一層気合が入る。しばらくしてサイレンの音が聞こえてきて、それでFさんちもやっと平静を取り戻し始めた。


 なんでもFさんの通報で数か所を包丁で刺された不動産屋さん、一命をとりとめたそうで、お礼にってんでFさん二階の部屋を一階の料金で卒業まで借りれることになったそうですよ。不審者もFさんにとっちゃ幸運の招き猫だったってことですな。


 え? 結局、不審者のオジサンはなんだったのかって?

 そりゃあ、■■□□□ピーーーーですから押入れ新居の内見中だったんでしょう。


 おあとがよろしいようで。

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実話風落語小噺「住宅の内見」 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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