昼の月

昼星石夢

第1話昼の月

「お邪魔しますねえ。わあ、可愛らしい部屋」

 うるさい。私は可愛らしくしたつもりじゃない。センスがある、とかならまだしも、可愛らしい、なんて気弱な女子みたいに言ってほしくない。

「僕、ここの部屋ーー!」

 は? まだこの家に引っ越すかもわからないうちから、何勝手に決めてんの? ここは現在、私の部屋!

「こら、大きな声出さないの。内見中は静かに、ね」

 大きな声の母親がいなくなって、やっと一息つく。はああ。

「ごめんね。鬱陶しいでしょ」

 びっくりして椅子のキャスターが変な音をたてた。まだ誰かいたのか。

 振り返ると、私と同い年ぐらいの女の子が立っている。

 と、思ったら、人のベッドにダイブした。

「あんたも引っ越すの?」

 女の子は仰向けで、手首につけたビーズのブレスレットをいじくって言った。

 ダサ。高学年にもなって手作りのそんなものつけているなんて。

「うん」

「なんで?」

「親の都合」

 ふーーん、と女の子は聞いておいて気のない返事。

 一拍おいて網戸に向けて掠れた声で呟いた。

「前の家がいいなぁ。窓から昼の月が見えて、こうやって触れられたのに」

 腕を伸ばした女の子の手首が陽光に反射する。

 両手の指先が静かに動く。

「ねえ、秘密を教えてあげる」

 女の子は視線だけをこちらに向けて囁いた。

「あたし、前の家の庭に思い出を少し埋めてきたの」

「思い出を……?」

「そう、タイムカプセルみたいに」

 廊下から私じゃない女の子の名前を呼ぶ声がする。

 春の風が私と女の子の間を通り抜ける。

「バレないの?」

「バレないよ。昼の月は、見える人にしか見えないから」

 私は情けなく口を開けていた。

 意味不明な言葉を聞いたから?

 特に綺麗じゃない、特徴のない女の子を美しいと思ったから?

 ベッドから軽やかに飛び降りると、私の耳元まで近づいて言った。

「バイバイ」

 呆気にとられて気がつくと、女の子はもういなかった。

 私は引き出しの奥から、ブリキ缶を引っ張り出して中身を空けた。

 思い出を入れるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昼の月 昼星石夢 @novelist00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ