床の間

ハヤシダノリカズ

宇宙

 真新しい畳のにおいが鼻腔をくすぐる。いい香りだ。

「最近は畳の部屋をいらないと仰るお客様が少しずつ減ってましてね。特に、ミニマリストは和室を望まれる傾向がありますねー」

 この家の内見に連れてきてくれた山田というこの営業マンは友達のように喋ってくる。悪い気はしないが、少しくすぐったい。

「そうですね。畳の部屋は良いと、最近は思うようになりました」

 オレは山田に相槌を打つ。

「ですよね。それにフローリングには床暖房が必須ですが、畳だと床暖房を必要としませんし、経済的です」

「なるほど。床暖ゆかだんいらず、ですか。でも、私はこのとこというものをどう使ったらいいか分からないんです」

 六畳の和室の片隅にある半畳程の床の間、オレはその正面に立って山田に言う。

「あぁ。そうですよね。床の間と言ったら、書画や花を飾るものって皆さん思っておられます。……が、板谷さん。板谷さんはテレビを良く見る方ですか?」

「最近は本当に見ませんね。だから、この引っ越しを期にテレビを持たない生活をしようと思っています」

「最近はそういう方が本当に多いです。そして、この床の間という空間、これはですね。テレビが無かった頃のテレビみたいなものなんです」

「どういう事ですか?」

「床の間という空間、この宇宙は、家主が好きに遊んでいいアートスペースなんです。ですから、別に高尚なものを置かなければならないなんて事はなくてですね。例えば、プラモデルやフィギュアを飾って、それを眺めながら想像力の翼を広げて酒を飲む……なんて事もアリなんですよ」

 山田は爽やかな笑顔で言った。


 なるほど。無味乾燥なクリアケースに雑然と並べておくより、今日愛でる作品をひとつここに飾る、か。それはいいかも知れない。


 妻は何と言うだろう。妻と共に酒を酌み交わすその正面にはこの床の間と、その日のオレ達のコレクション。


 悪くない。


 新生活の彩りがこの空間に映えるのはいいかも知れないな。


 ――終――

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