8 森の民のシェルター

 まだ決まらないんですか、住む場所。優柔不断もそのくらいにしたらどうです? なんですって、私のせい? 私が素敵な物件ばかり紹介するから……ではない。もっと普通の、普通に小綺麗で普通に便利で普通に住めそうな場所がいいと。できれば四季折々の景色なんかも楽しめると尚いいと。


 四季折々ってあなた、まだ気づいてなかったんですか? ここは地底洞窟。気温は年間通して肌寒いくらいを維持しています。四季なんかほぼありませんよ。なぜかって、洞窟だからですよ。


 まあ四季は無理にしても、ごく一般的な暮らしがしたいというなら、まあふらっと都会の方へ行って無難そうな集合住宅を一部屋借りればいいんじゃないですかね。興味ないので、よそでやってください。さ、次を見に行きますよ。


 次はとっておきです。私も昨日、朝の散歩に出た時に偶然見つけたんですよ。ほら、見て……あそこの森際の木の下。枝を組み合わせた、動物の巣のようなものがあるでしょう。森の民のシェルターですよ。


 いえ、動物じゃありません。よく見て、人影が動いているでしょう。森の民と便宜上呼ばれていますが、彼らの正体は謎に包まれています。それこそ、賢者様でも本当のところは知らないかもしれません。


 シェルターの入り口に、透明の布のようなものがいくつも下げてあるのが見えますか? あれが彼らを見分ける目印です。狩人たちもああして即席の家を作ることがありますが、あの布は製法も正体も謎に満ちた、彼らにしか織れないと言われている布なんです。


 彼らの装束も、あれと同じ布で作られています。透明ですが、重ねれば磨りガラスのように向こうが見えなくなりますから、たっぷりしたあの布を幾重にも巻きつけます。しかしそれでいて軽やかさを失わず、まるで風の精霊かなにかのように見えるそうです。彼ら自身も精霊の血を引くのではと言われていて……ええ、見てみたいですよね。でもダメです。森の民には恐ろしい伝承がいくつもありまして、特に風が歌うような奇妙な歌声が聞こえてきたら、すぐに耳を塞いで逃げることです。さもなくば森の奥に誘い込まれてそのまま――ちょっと、どこへ行くんですか!


……どうやらあの家に決めたみたいですね。理想の住まいが見つかって良かった良かった。



〈完〉

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ヴェルトルートに住もう! 綿野 明 @aki_wata

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