あんバターどら焼きのなかに住みたい。

小絲 さなこ

※※※


 

 駅近くの路地裏にある、老舗菓子店のあんバターどら焼きが好きだ。

 

 しっとりしつつ、程よくふわふわの生地はきめ細かい。均一の濃いめのキツネ色でなかったら、空から落ちてきた月かと思うほど、きれいなまんまる。

 その二枚の生地に挟まれているのは、北海道産の小豆を丁寧に炊いたつぶあん。そして、濃厚なバター。

 

 ひとくち食べると、芳醇なバターの香りが鼻腔をくすぐる。

 ふわふわとしていて繊細な生地が、つぶあんとバター、ふたつの味をやさしく包み込んでいる。 

 甘さ控えめで小豆の味を感じられるあんこと、濃厚だが上品なミルクのコク深いバターが絡み合う。

 生地、つぶあん、バター、それぞれの美味しさが、争うことなく調和しているのだ。

 天にも昇る心地。満たされる、とはまさにこのこと。

 

 ちょっと落ち込んだときや、自分で自分を褒めたいときの御褒美スイーツとして買うのはもちろんのこと、無性にあんこが食べたくなったときも、迷わずこれを買う。


 

「そんなわけで、私はあんバターどら焼きのなかに住みたい」

「それ、冬しか住めないんじゃないか?」

「あ、そっか」


 彼の指摘した通り、あの店のあんバターどら焼きは寒い時期にしか販売していない。

 バターが溶けてしまうからだという。


 なんということだ。

 春になったら家なき子だ。


  

「じゃあ、春になったら、桜餅のなかに住みたい」

「関東風、関西風どっち?」

「桜色のクレープ生地に、あんことホイップクリームとイチゴが挟んである桜餅がいいなー」

「あー、関東風のアレンジ版か。前にネットで見たことあるよ。でも、桜餅って期間短くないか?」

「じゃあ、桜餅の時期が終わったら……あんぱんの中に住みたい」

「ずっとあんぱんの中じゃダメなのか?」

「うーん……夏はちょっと暑い気がする」 


 

 私は飲んでいたハイボールのグラスを通路側に置き、メニューを開いた。 

 生中のジョッキを空にした彼は、通信端末を操作している。この店は、各席に置いてあるQRコードを通信端末で読み込み、インターネット上で注文するのだ。

 


 

 

「かき氷は冷え過ぎるから嫌だし……あっ! あんドーナツ! 冷凍したやつがいい!」


 夏の楽しみ。そのひとつは、あんドーナツを冷凍し、そのまま齧り付くこと。

 ちなみに、ホイップ入り推奨である。

 

  

「なんだその危険な食べ物は」

「やったこと、ない?」

「ねぇな」

「じゃあ、夏になったら一緒に食べよう」



  

 今夜は、物件が決まったお祝い。 

 不動産屋さんに案内された一件目でふたりともピンときて、即決。

 ふたりの出会いからここまで、まさにトントン拍子。良い予感しかしない。

 

 

 彼となら、くだらないことで二時間も三時間も、いや、きっと何時間でも話せるのだ。

 

 一緒に暮らしてからも、それが続くと信じてる。



 

 

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