目に映る現実

大河

スカ・アヤワ大臣の憂鬱

 大臣には三分以内にやらなければならないことがあった。

 姫を妥協させることである。


 半年前、突然やってきた魔女によりリーファ姫は野獣に変えられた。天災のようなものだ。姫に悪いところは一点もなかった。しいて言えば国内でMDMAを合法化したので治安が急激に悪化したこととかあるけれど、前王の時点で合法化したいと騒いでいたので姫だけが解禁理由ではない(前王の頃は議会承認を得られず何度も突っ返されていた。今は議会承認プロセス自体がなくなっている)。

 魔女は言った。「半年の間に真に愛する者とキスすること。さもなくば姫は一生野獣の姿となるだろう」

 野獣となった姫を愛し、接吻をすれば褒美を与えるとの御触書が出たこともあり、街は姫とキスしたい男性たちで溢れかえった。人間だれしもワンチャン狙いたいものだからだ。

 拒否したのはリーファ姫の方だった。

 やれコイツはお喋りが楽しくない、やれ顔が好みでないと理由を付けては男性たちを追い返す日々。姫は根が乙女なので、心に願った理想の男性が世界のどこかにいると信じて疑わなかった。

 そうしているうち、期限がすぐそこまで迫っていた。

 三分後だ。


 半年の間に聞き取り調査を行い、姫の理想の男性像はほぼ把握した。

 そして大臣は、人間を用意する方法そのものは確立できていた。

 マナ王国は世界有数の魔法帝国だ。魔法協会に属する魔法使いの数は数千を超える。魔法使いがいれば、その分だけ保有する魔法の数も増える。『眉の細さを変える魔法』『体脂肪率を走査する魔法』『肌を若返らせる魔法』『顎のラインを細くする魔法』『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの破壊対象から任意の対象を除外する魔法』など、大抵の場面に対応可能だ。

 ただ――唯一。

 唯一できないことがある。

 マナ帝国の住人は『壊す』ことができない。

 マナ帝国は世界で稀に見るほど平和で牧歌的な国だ。国内に一切の暴力はなく、悪者もおらず、人間たちは手を取り合い笑って暮らしている。

 だから大量に保有しているはずの魔法には、一つとして能動的に対象を破壊するものがない。

 仮に国内の魔法を総動員し、リーファ姫の理想にほど近い男性を作ったとして、姫ははたして彼を愛するのか?

 否。

 否である。

 大臣には分かっていた。姫は「これは私の理想の相手じゃない」と拒否するだろう。

 期限まで残り一分を切った。

 大臣は頭を抱える。

 理想とは幻だ。届かぬ月に手を伸ばすようだ。永遠に続く恋のようなものだ。

 このままだと姫は理想を追いかけた末に獣として死ぬ。

 それだけは避けたかった。

 けれどそのためには、姫に妥協させなければならない。目の前にいる男性で充分だろうと、理想を求める心を破壊してやらないといけない。

 人間は用意できる。けれど心を壊す方法を、大臣は持ち得ていなかった。


 そこにいきなり全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがやってきたので、姫の心だけを破壊してもらい、妥協を知った姫は大人となり理想に近い男性と末永く暮らしましたとさ。










 ×××




 なお、この物語のどこまでが現実で、どこまでが幻なのか。

 その判断は読者の皆様に委ねることとする。

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