2. アンロック

「こうなったら、切るアンロックしかないね」

 僕は言った。

 ユラはチッと舌打ちして動こうとしない。

 

 前方に現れたクーガーは、突然消えたかと思うと眼前に現れた。

 すかさずユラが回避行動を取り、僕は通りの市ヶ谷方面へ退避した。

 敵はまた姿を消し、一瞬後、僕のまわりに複数のクーガーとなって現れた。

「!」

 クーガーたちの一斉射撃で空間の穴が確定し、僕の身体を消しにかかる。

 ユラの反応速度はそれらを全て際どいところでかわしたが、因果律を超えた攻撃に焦り出しているのがわかる。

 

「イチかバチか!」

 ユラは多目的機能弾発射装置パレッタムのセレクターを磁気加速実体弾に切り替えて牽制射撃を試みた。

 だが銃口から迸ったのは正体不明の黄色い水だった。

「何これー!」

 星雲人ネビュランの戦士が女子高生のような声を挙げる。

「僕の……じゃないよ」

「わかってる!」

 

 この不確定フィールド内の因果律操作は奴らの攻撃面寄りにチューンされているようだ。

 防御面では、弾丸を水にする程度のマイルドな効果しかないらしい。もっと厳しい条件だったら、いきなり暴発を誘引してこっちの腕を吹っ飛ばすくらいのことがあってもおかしくないのだ。

 

「攻撃面でも位置系と限定的な存在系しか拡張できないみたい。そうでなければ、もうやられてるよ。速度系の拡張攻撃で、ね」

「だから何?」

 ユラはイラついていた。

「わかってるでしょ。念気動格フレームロックを切るしかないよ」

「お前に全部任せる? 冗談でしょ!」

「さっき、僕ならできるって言ってたじゃん」

「それとこれとは、意味が違う!」

「時間がないよ。決断しな」

 戦いを始めてからすでに1分が経過しているのだ。

 

 ユラがうなった。

「……後悔させるなよ」

「させたことあった?」

 コンソールのカバーをドンと破る音がした。

 その下の念気動格フレームロックスイッチも同時に押される。

「ほら行け! 五秒だ!」

 

 それだけあれば十分だ。

 十分すぎる。

 

 かかとから伸びた重力スケートがバンと道路を叩く。

 鈍い音を立ててボディが歪み、僕は四つん這いの姿勢を取る。

 腕に仕込まれたスケートも起動し、重力反発場リパルシングフィールドがさらに強い力で僕の体を浮き上がらせる。

 

 僕は四足獣モードにシフトして、格段の機動力を得た。

 ユラの操縦では出せない精度で細かく横運動をしながら敵に向かって突撃を敢行する。

 

 視界が虹色に流れる。

 ロックを解除された僕は、通常空間とも不確定フィールドとも異なる、自分だけの世界にいた。

 数千倍に加速した「僕の世界」……極限定的不確定フィールドの外で、敵クーガーはただの標的シッティングダックと化している。

 

 僕は六機に分かれた敵クーガーの真横に回り込み、まとめて三機に激突してそのままビルに突っ込んだ。

 超加速の衝撃だけで、致命的な損傷を与えたのは間違いない。

 

 前足となった腕の力だけで後方へジャンプした僕は、背後にいた敵の喉元に食らいついた。頭部コクピット下に仕込まれた三又の金属顎メタル・ジョウズがひと噛みで敵クーガーの首を切断する。

 

 残りの二機が瞬時に何が起きたのかを理解し、鈍い反撃を開始しようとしていた。

 普通ならそんなことは出来ないはずだが、外の敵性不確定フィールドが状況を修正しようとしているらしい。

 フィールドをコントロールしている量子因果干渉脳リフォーマーはかなりスマートなもののようだ。

 

 だが、アンロックされた僕を止めるのは簡単ではない。

 凶暴な速さで虹色に流れる時間の中、敵を潰すという意志が僕の中の深い部分で燃えている。

 

 僕の右手から、指に数倍する長さの爪が飛び出した。

 敵クーガーが構えたパレッタムを爪で腕ごともぎ取り、返す攻撃で頭部を鷲掴みにする。

 爪……アシッド・クロウから鉛色の戦闘用強酸性液バトルアシッドがどっと噴出し、煙と火花を散らしながら溶解した頭部を一気に引き裂く。

 

 もう一機のクーガーも、左手のアシッド・クロウで腹部から胸部にかけて切り裂き、完全に無力化する。

 

 靖国通りはあっという間にクーガーたちの凄惨な墓場と化した。

 こぼれた酸を浴び、防腐コーティングされた僕のボディスーツからも煙が上がる。

 

 ぼやぼやしている時間はない。

 僕は与えられた時間を無駄にすることなく四足獣モードのまま走り出し、大ガードを飛び越えた。

 だが、意識の奥底にはフィールドからの脱出よりももっと強い渇望があった。

 

 敵が欲しい……

 切り裂き、噛みつき、徹底的に鏖殺するまで尽きることなく戦える敵が……

 

 念気動格フレームアンロックは僕自身の意識も、そういう歪な形で拡張するのだ。

 

 そもそも、念気動格フレームとは僕そのもの。

 星雲人ネビュランの生物機械兵器である闘獣機クーガーの機能を制御し、またある時は解放し、コマンダーがその能力を完全に駆使するための言わばOSオペレーティング・システム

 だが実態はもっと根深い。

 コンピュータのメモリとかメディアとかに保存されて動くプログラムと違い、念気動格フレームはクーガーの心臓(心臓があるのだ)から、アシッド・クロウの先端に至る全身に量子レベルで定着している。

 

 だが元々は僕のもの……僕自身なのだ。

 

 僕は、かつて人間だった頃のことも覚えている。

 その時から僕の記憶、人格、意識は念気動格フレームとなった今も形が変わったまま存在し続けている。そうしたものをまとめて、かつては何と呼んでいただろう?

 

 そう、「魂」とか言っていたような気がする……

 

 もちろん、念気動格フレームはその時と同じものではない。

 クーガーに量子インストールされるにあたって、念気動格フレームは綿密にチューニングされ、基本的に騎手コマンダーの操縦には絶対服従だ。

 

 時にはチューニングが不調に終わり、インストールが失敗することもある。

 そういう時、念気動格フレームの主は発狂し、自殺を図ったりするそうだ。

 無理もない。強制的に体から分離させられて、いきなり兵器として目覚めたりしたら、おかしくならない方がおかしいというものだ。

 

 幸いにというか不幸にというか、僕はおかしい方だった。

 しかもかなりレアケースと言えるほど、クーガーにうまく適合したのだ。

 自分の肉体の変化にも、機能の変化にも、コマンダーの操縦に従うことにも、ほとんど違和感なく対応できた。

 

 そして大事なのは、戦うことに疑念を抱かないこと。

 

 星雲人ネビュランたちが何のために戦っているのか、僕は知らない。

 興味もない。

 そういう風にチューニングされているのだ。

 

 そして、念気動格フレームの機能を無制限に解放すると、なぜ極限定的不確定フィールドが発生し、異常なほど好戦的な性癖が現出するのかも知らない。

 これについては、星雲人ネビュランたちにすらよく解っていないらしい。

 

 そんな解らないものを、よく兵器として使うものだ。

 それは地球人も同じようなものだが……

 

 かつて人間だった頃の僕なら、こんな境遇は忌まわしく不幸なものだと思ったろう。

 だが今はそうでもない。

 少なくとも今、僕の人生(?)はシンプルだ。

 不確かな将来に、不確かな展望……夢とか志とかそんなものに振り回されず、ひたすらユラの操縦に従って戦い続ける。

 

 不確かなのは、不確定フィールドの中くらいだ。

 

 時にはこういうアンロック状態で、本能(なのだろうか?)の赴くまま暴れることもできる。

 それは楽しい。

 

 そういう風にチューニングされているからそう感じるのかもしれないが、それはどうしようもない。

 

 とにかく、今は四足獣モードで不確定フィールドの外を目指して走るだけだ。

 

 大ガードを越えた僕は、そのまま新青梅街道に入らず、新宿駅の西口に出た。

 待ち伏せを警戒して……いや、そっちの方が待ち伏せがいそうな気がしたのだ。

 

 敵が欲しい……

 

 西口バスターミナルにから、都庁方面に抜ける大通りに出る。

 そこを都庁まで抜けて新宿中央公園に出れば、フィールドの西端だ。

 

 一気に突っ走ろうとした僕の行く手を、大きな影が遮った。

「!」

 嬉しいことに敵が現れたのだ。

 それも普通の闘獣機クーガーじゃない。

 でかい。

 背丈が僕の三倍はある、巨大なクーガーがコクーンタワーの陰から歩み出て、僕の前に立ち塞がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る