6. 生体同期(バイオシンク)

 今にも飛びかかってきそうな敵の巨大クーガー……だったが……

 

 その姿はまるで凍ったように動かなかった。

 それだけではない。まわりの光景……下界で燃え上がる炎が生む空気の揺らぎも、ピタッと止まって見えた。

 

 なぜかはすぐに分かった。

 ユラがまた、念気動格フレームをアンロックしたのだ。

 不確定フィールドの外では、僕の極限定的フィールドは絶対的な超加速状態になる。

 敵もアンロックしない限り、こっちのなすがままだ。

 だが、ユラは何の断りも入れなかった。僕だけでなんとかしろと放り出したのか?

 

 その時、騎手コマンダーの声が聞こえた。

 

多目的機能弾発射装置パレッタムは故障。アシッド・クロウも破損して使えなくなってる。戦闘用強酸性液バトルアシッドはまだ残ってるから、それを金属顎メタルジョウズにまわす。今、液の供給系を切り替えるから待て。それから最後の攻撃だ」

 

 僕は驚いた。

 アンロック状態で、ユラの声が聞こえる! まさか……

 

「まさか……生体同期バイオシンクしてる?」

「ああ。そうしないと、作業の時間が取れないだろ」

 生体同期バイオシンクは、念気動格フレームアンロックの非常用オプションだ。

 これを選択することで騎手コマンダーは乗機と同じ超加速状態に置かれる。

 だが、それは星雲人ネビュランには大きなリスクだ。なぜなら……

「やめろ! 寿命が縮むだろ!」

 超加速状態の中では当然、時間はあっという間に進み通常空間に戻った時には、数千倍の時間が経過していることになる。

 どれくらいの間アンロックしているかにもよるが、その状態に生体同期バイオシンクした生物は、数千倍の早さで歳を取るのだ。

 

「時間を無駄に出来ない。選択の余地はないんだよ」

 ユラはコクピット内のアクセスパネルを開放し、戦闘用強酸性液バトルアシッドの供給系をいじっている。

金属顎メタルジョウズの方には、クロウのような防腐コーティングが無い。すぐに使い物にならなくなるから、効率よく攻撃しろ」

「ユラ……」

 

 僕はユラの覚悟に言葉を失った。

 ユラの作業の間、時間が超加速状態でジリジリと進んでいった。客観的には飛ぶように流れている時間の中で、主観的にはもっと早く進んでほしいという、矛盾した時間が……

 目の前の巨大クーガーが、ゆっくりとだが動いているのがわかる。

 四肢に力を溜め、こちらへ飛びかかろうとしている。

 

「終わったぞ!」

 僕は戦闘用強酸性液バトルアシッドの供給パイプが、口元の潤滑液系統に接続されたのを感じた。限られた回数しか使えないが、これが今の僕に与えられている最大の武器だ。

 一刻も早く敵を無力化して、念気動格フレームロックをかけ、超加速状態を終わらせなければ。

「行け!」

 コマンダーの掛け声と同時に、僕は南棟に向かってジャンプした。

 巨大クーガーの黒いボディに爪をかけ、首元へとにじり寄る。

 僕は戦闘用強酸性液バトルアシッドを吹き出しながら、金属顎メタルジョウズを敵の喉元に叩き込んだ。そのまま、首とボディの接合部を噛み切るように顎を走らせる。

 普通の時間の中なら、金属と酸のぶつかり合いで凄まじい爆煙が上がるところだが、その反応は大幅に遅れたまま結果として切り裂かれた傷口だけが大きく現れる。

 早く……早く……

 量子因果干渉脳リフォーマーに致命傷を与えて、不確定フィールドを消さなければ……

 

 その時、想定していた最悪の事態が起こった。

 

 巨大クーガーが突然、普通のスピードで抵抗を始めたのだ。

 普通のスピードとは、客観的には超加速状態のはず……つまり……

 

「気をつけろ! 奴も念気動格フレームをアンロックしたぞ!」

 

 そんなことが出来るのか!

 

 ユラが言った通り、このクーガーが量子因果干渉脳リフォーマーを持っているとしたら、広範囲の不確定フィールドをしかも外から制御できるばかりか、極限定不確定フィールドで超加速状態にも入れるということだ。

 考えるまでもなく、今、現実にそういう状況下で、僕は暴れる巨大クーガーに必死でしがみついている。

 

 このどんどん悪くなっていく状況とは裏腹に、アンロック効果で僕の中の戦いへの渇望がまた燃え上がってきた。

 

 こいつを食い殺す。絶対に。

 

 僕は切り開いた敵クーガーの傷口へさらに食らいつき、その奥へとしゃにむに突き進もうとした。

 すると、機械類の間にこの怪物を操っている騎手コマンダーの姿が見えた。

 コクピットだ。生体同期バイオシンクなどかけていないそのコマンダーは、微動だにしない。

 僕はそこへ戦闘用強酸性液バトルアシッドを、どっと注ぎ込んだ。

 たちまち敵コマンダーは人の形を失い、ドロドロに溶けてゆく。

 もし、普通の時間の中だったら魂ぎる悲鳴が聞こえてきそうだ。

 

 それでも巨大クーガーは止まらなかった。

 もはや、念気動格フレームの意志だけで暴れている黒い怪物に、僕は敵意と共に憐憫の思いを抱いた。

 この念気動格フレームの主は、騎手コマンダーとどういう関係だったのだろう……

 

 そんな雑念を、僕自身の騎手コマンダーの声が振り払った。

「脊髄を破壊しろ! こいつの動きを止めるんだ!」

 合理的な指示だった。

 全身に量子インストールされた念気動格フレームが生きている限り、クーガーは体のどこを破壊しても動き続ける。例外は脊髄部分にある神経中枢ニューロターミナルだけだ。

 動きを封じてしまえば、あとは量子因果干渉脳リフォーマーを探して破壊すればいい。

 

 だが、すぐにそんな悠長なことは言っていられなくなった。

 巨大クーガーは自分の安全を確保することも忘れて暴れ続け、ついには僕を乗せたまま……

 

 ……ヘリポートから転落した。

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