5. 煉獄の塔

 終わった……

 

 不確定フィールドからの脱出を阻まれ、完全に閉じ込められたのだ。

 

 都庁本庁舎の壁面にめり込んだまま、僕は迫ってくる敵の巨大クーガーを見下ろしていた。よく見ると、その腕は付属肢も含めて六本ある。まるで二本足で立つクモの怪物だ。こいつは本当に見た通りの生物機械なのだろうか。

 僕にはまだ、敵が不確定フィールドの効果でいびつに巨大化したクーガーに見えていた。

 強力そうな鉤爪と、付属肢が支えるこれまた巨大な多目的機能弾発射装置パレッタムをひけらかすように揺らしながら、敵クーガーはにじり寄ってきた。僕をどう楽しく料理するか、考えあぐねているかのようだ。

 

 僕の騎手コマンダーの目にも、この状況は絶望的に映っていることだろう。

 この期に及んで、僕はユラに対し素直に非を認めた。

 

「悪いことをしたね。認めるよ。僕が勝手に突っ走ったせいだ……」

「なんだ。もう諦めたのか」

 意外にもユラは僕の軽挙ではなく、弱気をなじった。

「センサーをよく見ろ。脱出口があるぞ。このビルの最上部だ」

 

 その通りだった。

 センサーによれば、超高層の本庁舎最上部……ビルが北棟と南棟の二つの塔に分かれたあたりは不確定フィールドの上部境界からわずかに飛び出していた。さらにそこはフィールド境界部分の安定性もまだ欠けていて、内部を通れば脱出が可能なことが示されていた。

 

「外壁をよじ登って、ビルが二股に分かれたあたりで中に潜りこめ。内部を這い上がって屋上を突き破ればフィールドの外だ」

 

 ユラの言う通りだったが、屋上に出てその後どうしたらよいかは、ノープランだ。

 しかし、四の五の言っている場合ではなかった。

 巨大クーガーは僕を鉤爪で引き裂くことに決めたらしく、その腕をすぐ目の前まで伸ばして来ていたのだ。

 

「行け!」

 

 僕はクライミング・クロウを起動すると、まず敵の鉤爪を蹴り付けて攻撃を避けた。

 そして身体を壁面から引き剥がして向きを変え、御影石の壁面を砕きながら上へと駆け上がった。

 

 すかさず、背後から敵クーガーも追って来るのが分かる。

 しかも、本庁舎のビルも他の建物や道路同様に、炎に包まれようとしていた。

 まるで聳え立つ地獄の様相だ。

 

 ガラスと石塊の嵐を巻き起こしながら、僕はなんとか本庁舎の最上部に近づいた。

 北棟と南棟の間に這い上がって南棟の壁をぶち破り、中の展望台に進入する。

 今度は展望台の内壁をよじ登り、天井を破ってさらに上を目指す。

 敵クーガーはその巨体を持て余し、そのまま外から南棟に登り続けているようだった。

 僕は最後の障壁……ヘリポートの離着床に到達し、アシッド・クロウでそれを切り裂いた。

 ここまでの行程で、クロウはすでにボロボロだ。

 

「奴が追いつくぞ! 向こう側の塔に飛び移れ!」

 

 ユラの指示通り、僕は北棟の天辺めがけてジャンプした。

 背後に迫っていた巨大な鉤爪が空を切る。

 北棟の上で振り返ると、敵クーガーがヘリポートにはい上がってくるところだった。

 ここはもう、不確定フィールドの外だ。だが、敵クーガーの黒い巨体は変わらず厳然としてそこに存在している。

 つまり……

 

「あいつは……本当にあの大きさなんだ……」

 

 僕は戦慄した。

 

「なるほど……そういうことか」

 センサーや各機器が送ってくる数値を眺めながら、ユラがつぶやいた。

「あのデカブツが、なぜあんなサイズなのか分かるか?」

 ユラが教師のように問いかけてきた。

 どんなに追い詰められても冷静さを失わないのは、星雲人ネビュランの美徳かもしれない。

 

「戦術的な理由で、って意味?」

 僕にはユラの考えが今ひとつ掴みきれない。

「ある意味はな。だが、もっと重要な理由がある。あいつは量子因果干渉脳リフォーマーを搭載してるんだ」

「なんだって?」

 

 それはあり得ない話だった。

 不確定フィールドを司る量子因果干渉脳リフォーマーは、とてつもなく大きい。

 大型の宇宙船でないと運搬できず、設置された場所を中心としてフィールドは形作られる。

 

 僕たちの強行偵察中、宇宙戦艦が近場に墜落してきて、同時に不確定フィールドの展開が確認された。だから自ずと、量子因果干渉脳リフォーマーは宇宙艦に搭載されているものと思っていたのだ。

 だが、確かにその実体を確認してはいない。

 

「おそらく実験機なんだろう。戦艦に載ってたのは、小型化した量子因果干渉脳リフォーマーと、その搭載機……あいつだったんだ。我々はまんまと実験台に使われたわけだ」

 不意にユラが笑った。

「かえって好都合じゃないか。ここからどう脱出したものかと思っていたが、あいつを倒せば自ずとフィールドは消失するんだ」

「言うは易しってところだね。どうやってあの怪物を倒せばいいっていうんだい?」

 

 狂った因果律に燃え上がる塔の上で、怪物と対峙した僕には打開策がまったく見えなかった。

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