この星が滅亡するまで、3 minutes【KAC2024 1回目】

ほのなえ

たった三分で一体何ができるっていうんだ?

 俺には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 なぜなら、この星はあと三分で滅亡するからだ。


 何でも、突如とてつもなく巨大な隕石か何か、星の塊のようなものが落ちてきているようで、この星にものすごい勢いで迫ってきているらしい。


 それを知ったのがちょうど落下予定時刻の三分前だった今の俺は、気が動転している。何しろ金がなくてテレビすら売っ払っちまった俺は、ここ最近、ニュースを全く見ていなかった。一人きりだった夜勤のバイトに明け暮れ帰って来たところ、さっき初めて、ネットでその情報を知ったんだった。


 誰かが教えてくれりゃ……いや、他人が嫌いだからって人付き合いを遮断し、人間関係を疎かにしていた自分のせいだ。今更悔いていても仕方がない。それよりは今、何をすべきか、だ。


 何をすべきか、というのはもちろん、残り三分を自分のためにどう過ごすかといった話だ。巨大隕石をどうこうする力なんざ、俺にはない。それならば、恐らく死ぬであろう前の三分間を少しでも有意義に過ごさねばならない。


 とはいえ、たった三分で一体何ができるっていうんだ?

 それを考え始めた俺は今、絶望している。


 何しろ俺にはやり残したことが多すぎる。田舎に嫌気がさして、親の貯めた家の金庫の金を黙って全部持ちだしてまで都会に飛び出してきた俺は、都会に出てとにかく何かを成し遂げたかった。しかし何もできないままバイトに明け暮れる日々を送り、何者にもなれずにこんなところでくすぶっている。


 ……いやいや、そんなこと今考えなくてもいいだろ。今更何者かになったからといって、あと三分の命だ。三分でどうこうできる話じゃなし、考えるだけ無駄無駄。

 そもそも、あんな別の星かと思うような巨大な隕石、ぶつかったら人類は皆滅亡だ。ものすごいことを成し遂げた成功者だろうが、どれだけ優れた才能の持ち主だろうが、結局人は死んだら皆同じ、こんな底辺の俺とも同じ運命を辿るんだよ。そう思えばむしろせいせいするね。


 それよりは、残り三分でできることを考えよう。残り三分でできる、やり残したことで、なおかつ楽しめること……か。……あるのか?


 お、一つ思いついたぞ。気になってたあの漫画の続きも読むのはどうだ。金がないから漫画は漫画アプリで一日一話無料になるのを待ちながら毎日一話ずつちまちま読んでいたが、こうなりゃ残り全部課金して一気に読んでやろうか。

 いやしかしたったの三分でどこまで読めるっていうんだ。ますます続きが気になるってところで死んでは元も子もない。こうなるんなら、前々から課金しておくべきだった……。


 ……やれやれ、未来の生活ために多少の貯金をしたって、自分がいつ死ぬかなんてわからないのにな。無駄な我慢だったか……と、おおっと、またもやこんな時だってのに後悔しちまった。後悔しながら死ぬなんてまっぴらごめんだね、残り三……いや、そろそろ二分か?をとにかく楽しく過ごすことを考えねぇと。


 とはいえ、こんなことを考えている間にもう残り二分か……。やべえ、焦ってきた。二分じゃさらにできることの選択肢が狭まるぞ。


 そうだ、「最後の晩餐」とかよく言うけど、旨いものを食いながら死ぬのはどうだ? 終わり良ければ総て良しって言うしな。

 ……いやいやいや、残り二分で何が作れるんだよ。カップ麺だって三分は必要だろ。カップ麺の若干芯が残った麺が最後の晩餐なんてのはまっぴらごめんだね。むしろ俺、一分くらい長めに待ってちょっとでろでろになったくらいの麺が好きなのに……というか、そもそもお湯を沸かしてない時点で詰んでるな。


 そうなりゃせめて、作らずにパッと食べられるもの……とりあえずアイスでも……ああっでも今アイスは切らしてたかもな。それに残り二分って、冷凍庫漁ってる間に死にかねないぞ。そんな格好のつかない死に方なんかもごめんだ。


 ……って、おいおいおい、嘘だろ、落下予定時刻まであと一分だぞ。あと一分なんて、数えてるうちに終わっちまう。本当に何もできねーよ。

 ……このまま死ぬのか、俺。結局、満足のいく死に方すらも選べないまま――――――



 ――――――――それだけは、嫌だ。



 俺はスマホを手に取った。もう、こうなりゃ誰でもいい、誰かに電話をかけよう。


 孤独な死に様だけは、嫌だ。どうやら最期に、俺はそう思ったようだ。せめて誰かと話している時に死にたい。一人ぼっちで死にたくない――――人嫌いのふりした俺の、死に際の足掻きなんて、そんなくだらない感情だったようだ。


 そんな俺がスマホを手にしたとき、目に飛び込んできたのは――――――



 プルルルル……ガチャ。


 俺が電話をかけた相手はすぐに出た。


「もしもし? あんた今、どうしとるんね」

「か、母さん……」


 俺は久々に聞く懐かしい母親の声に、思わず胸が詰まった。しかし照れくさい感情になり、いつものようにぶっきらぼうに言い放ってしまう。

「べ、別に俺は用はねぇけど、その、さっき電話きてたから……」

「そりゃあ、どえらい隕石がってくるっちゅう話やったから、なんとなく、あんたがどうしとるかと思ってねぇ」

「…………」

 母親が、誰かが少しでも、死の間際に自分のことを考えてくれていた。今までは鬱陶しいと思っていた母親の存在だったが、その事実を聞くと、なんとも得も言われぬ感情が溢れてきた。


 しかしそんな感情は、次の母親の一言で、一瞬にして引っ込んでしまった。

「でも、何やそれ、大丈夫やったみたいでほっとしたわぁ」

「……は?」

 俺は思わず間抜けな声を出してしまう。

「ようわからんけど、軌道が逸れたとか何とか? とりあえず助かったわぁ。ほんま死ぬかと思たわ」

「何やそれ」

 俺は思わず母親につられて、故郷の方言交じりに呟いてしまう。

「あれ、もしかしてあんた、知らんかったん?」

「……うん。それ聞くまで、てっきり電話したままこのまま死ぬんやと……」

「あらあ。息子が死の間際に電話かけてきてくれたなんて、嬉しいわぁ。長らく音信不通やったのにねぇ。隕石様様やわ」

「隕石様様て。てか別に、誰かと話しながら死ぬ方が気が紛れる思っただけやし」

「はいはい。それよりあんたそろそろ一回、うち帰ってぃや。持ち出したお金のこと、もう怒ってないから」

「…………せやな。隕石も落ちんかったようやし、そうするのもええか……」


 隕石の墜落により死んだ――――つもりでいた俺は、隕石の落下と母からの電話のおかげで、こうなりゃ一旦自分の生まれ故郷に戻って再出発し、生まれ変わった気分で人生やり直そうという気になったのだった。



『この星が滅亡するまで、3 minutes』 完


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