逃れられない定め【KAC20241+作品】【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】

一矢射的

三分間あげるから、オチの為だけに死んでくれますか?



 稀代の天才学者、丑松うしまつアツシには三分以内にやらなければならないことがあった。端的に述べると、それは壮大な復讐をやり遂げるだけの「揺るぎない決意」を固めることであった。


 彼は己を追放した学会を憎み、長年温めた計画を今こそ実行に移そうとしていた。

 面と向かって彼をせせら笑い、あまつさえ「不可能だ」と罵倒した、あの連中。

 三流科学者どもにどうしても赤っ恥をかかせてやらねば気が済まなかった。


 決行の時刻は、いよいよ三分後にまで迫っていた。

 恐らくそれは、彼にとって一世一代のヒノキ舞台となるはずであった。

 絶対にミスは許されない真剣勝負の場だった。

 されど彼の心臓はバクバクと鼓動し、人前で大演説を始める覚悟はこれっぽっちも整っていなかった。このままでは奥手の中年男性が更なる醜態をさらすだけだ。

 何としても「人生を変える勇気」を迎え入れてやらねばならなかった。


 落ち着け、まずはタバコを一服だ。いや、金が無くて禁煙中か。

 そもそも室内禁煙だ、このボロアパートは。

 まずは深呼吸だ、落ち着かなければ。

 まだ学会が始まるまで三分も猶予があるだろう。


 復讐の準備が整うまで、実に三年もの時を要した。夜も寝ないで昼寝して、生活費をアルバイトで稼ぎながら心血を注いだ奇跡の発明品。それが今、目の前にあった。まるで SF モノクロ映画にでも出てきそうなマシンがシュウシュウ蒸気を噴き上げており、見た目がイマイチである点と、手作り感があふれている点は製作者本人でも認めざるを得ない事実であった。

 しかし、マシンにとって大切なのはその性能なのだ。人間と同じ。


 システム最終チェック、問題なし。残り二分二十五秒。

 外は生憎の悪天候。しかし、雷の瞬きすらも彼を祝福しているように感じられた。


 マシンの見た目なんぞどうでもよろしい。科学者と同じ。

 彼はボサボサに伸びた髪をかきむしりながらそう呟いた。

 ついに! ついに 奴らをギャフンと言わせてやる日がきたのだ。

 労働に励んだ辛い日々を思い返し、彼は感慨にふけっていた。

 学会開始とマシン起動まで、あと二分。

 おやおや? 待つとなれば、意外に長いのが三分であった。


 もっと、独白を続けねば。気分を高揚させる為に。

 復讐を成すキャラクターは、いつだってテンション高めなのだ。


 運命は収束する……とは果たして誰の言葉だったか。

 どれほどに長い下積み労働生活を送ろうと、結局天才の頭脳は日の目を見る運命なのだ。天才の貢献なくして、科学技術がこれ以上発展することなど在り得ないのだから。この業界、駄目な奴は何をやっても駄目だが、運命の女神に愛された者だけはその限りではない……そのはずだった。

 思えば、嫉妬深い連中に足を引っ張られてばかりの人生だった。

 ケチの付き始めは高校生の頃。

 占い好きな同級生が面白半分に彼の「最期」を予見したのが始まりだった。

 クラスで五本の指に入る好成績をうらやんでの嫌がらせであった。


「予言しよう。丑松くん、君は牛にひかれて圧死するんだ。アツシだけに。アハハ」

「ヤダー! そのままジャン!」


「……君ねぇ。親からもらった名前を何だと思っているんだい。良識を疑うよ」


 苗字にウシが入り、名前がアツシだからってそうなるのか。

 丑松アツシ、牛を待って圧死ってか。

 なかなか上手い……とでも言うと思ったか?


 あまりにも幼稚で短絡的な思考と言わざるをえなかった。もちろん、今日までその占いは当たっていないし、これからも決して的中するはずがなかった。


 現代の日本で牛にひかれて死ぬ奴がいったい何人いるというのか?

 他人の恋愛を邪魔する奴はウマに蹴られて死ぬそうだが、生憎と彼にそのような経験は皆無なのであった。


 名は体を表すだと? バカバカしい。


 まったく非科学的で低俗な決めつけであった。

 しかし、そんな愚か極まりない連中も明日のニュースを目にした時、自らの過ちを悟る事となるのだ。なぜなら、彼の前には偉大なる発明品「物質転送装置」があるのだから。これさえあれば、世界中のどこへだって瞬時に移動できる。北極でも、アマゾンのジャングルでも、アフリカのサバンナだって、ほんの一瞬だ。


 ところで、この物語とはまったく関係のない話ではあるが。

 地球のどこかでは、バッファローの群れが大地を踏みしめながら暴走していた。

 我関せず。立ちふさがる者は破壊し尽くすのみ。

 大自然は人間の都合や決心など、まるで気にしない物であった。


 これは失礼!

 まったく、無関係で どうでも いい話でした!

 話を日本に戻して、残り一分。


 この装置を使って、学会が行われている会場のど真ん中にコツゼンと姿を現す。それこそが彼の考える究極の復讐劇であった。トリックだと否定するなら何度でも繰り返してやる心積もりだった。


 破裂しそうだった心臓の鼓動も、どうやら落ち着いてきた。

 これまでの屈辱的な回想が彼に勇気と覚悟を与えてくれた。

 端的に言って、主人公らしい決意がみなぎってきた。


 恥多き過去はきっと乗り越えられる。そうに決まっていた。

 カウントダウン、開始。

 残り三十秒。二十九、二十八、二十七、二十六……。


 日本とアメリカは時差およそ十四時間~十七時間。

 ええっと、現地時間は?

 何度も時計の針を見直してから、彼はゴクリとツバを飲み込み、転送マシンを起動させた。時は満ちた。人生を変える時がきたのだ。


 転送カプセルのガラス戸が開き、栄光へ至る道筋を彼に指し示していた。

 しかし、彼がカプセルに足を踏み入れたその瞬間!

 運命の女神は、その無慈悲な采配を振るった。

 まさかの落雷が彼の住むオンボロアパートを直撃したではないか!


 その結果、転送装置は誤作動を起こし、思いがけない顛末をもたらしたのだった。

 ああ、復讐の決着やいかに!?











 はい、ここまで! カット、カット! いったん停止。

 さて、読者の皆様。

 この後、主人公はどうなったと思いますか?

 彼は牛にひかれて圧死する定めを背負った幸薄い男。

 言うまでもなく、それって日本ではまず起こり得ない死因ですよね?

 そこに出てきた まさかの発明、物質転送装置。素敵ギミック。

 これを使わない手はない。

 更には、SF名物とも言うべき お約束の落雷アクシデント。


 さぁ! そこから導き出される回答は!? いったい何です?

 彼は最終的にどうなると?

 別に外れても笑いやしませんよ? 予想して下さい、簡単でしょう。

 読者と作者のキャッチボールがキチンと出来ていたのなら、ここまでにソレが成立していたのなら、その答えはもう皆さまの脳裏に描かれているはずなのです。

 えっ? 判らない? まさか、そんな? 

 うーん、でもまぁ、言い辛いですよね。

 運命の女神に嫌われている奴は、どうせ滑稽で悲惨な結末を迎えるだなんて。

 それって、あまりに残酷すぎませんか?


 ではもう一つヒントを差し上げましょう。

 この物語は「全てを破壊しながら進むバッファローの群れ」という「お題」を元に書かれているんですよ! そう、悪いのは全て風変わりな「お題」なのです。

 彼がそのせいでどんな目に遭おうとも、私は悪くなーい! 

 ぜんぜん! これっぽっちも!


 運命は決まっている! 彼は圧死する為に生み出されたキャラクターなのです。

 名は体を表すのですから。

 へっへっへっ、実は貴方も残酷な最期に胸をときめかせているのでしょう?

 そうでなければ、あれほどホラーというジャンルが流行るわけもない!

 主人公がブロンドの美女でない点は、私も少々残念ですが。


 おっと、前置きが長すぎましたね。

 私を胸糞悪い奴だとお思いの方だっているかもしれない。

 さっさと「お題の完遂」済ませましょうか。へっへっへっ!

 さん、にー、いち……ゼロ!

 はい、よーいスタート!














 壊れたカプセルから脱出すると、丑松アツシはボウゼンとした様子で辺りを見渡した。そこは何と……見慣れたボロアパートの一室であった。

 端的に述べて元の自室だった。

 落雷の急激な過負荷によってマシンは急停止、そのまま故障していた。

 転送は失敗に終わったのだ。


 爆発しなかったのがせめても幸いという事か? ええっ!?


 彼はそう嘆きながら、床に突っ伏して大粒の悔し涙を流した。

 自分はなんて運命の女神に嫌われているんだ。

 愚かな連中に復讐を果たすことも出来ないとは。


 彼は運命を呪ったが、それはまったくの誤解であった。実の所、この装置はまだまだ未完成であり、どちらにせよ学会の会場へは行けなかったのだから。「本来ならば」彼が転移されるべき地点はバッファロー国立公園のど真ん中。たった今、その地点をバイソンの群れが駆け抜けていく所であった。彼の人生を破壊する為に。


 まさに間一髪。偶然の落雷が運命を強引に捻じ曲げ、彼を救ったのであった。

 起きた僥倖、知らぬは本人ばかりなり。


 彼はツキのなさを悲しみ、自殺すら考えているようだが……。

 どうかそれは思い止まっていただきたい。二度も三度もご都合主義で作品を捻じ曲げるのは、この世界の創造主であろうとも心苦しいのだから。

 神は嘆いているのです。


 どうか、これっきりにしてよね。モォ~! ……と。


 どうやら、おあとがよろしいようで。

 次の方は、もっとお題を大切にしてくれるでしょう。

 (私にはできませんね、そんな残酷なことは)

 そうに決まっていますよ! それでは皆様、良い一日を!





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