第10話 食欲の秋

 頑健な肉体――。


 こういう言い表し方が猫を形容する際に妥当かどうかは、おそらく議論の分かれるところであろう。


 しかし、まさに頑健な肉体としか言いようのない屈強な身体を持つ猫を筆者は知っている。それは、かつて共に暮らしていた一匹の白黒ブチである。


 長毛種の血が混じっていると見えて、毛はふさふさと長く、頭としっぽと胴体の半分ほどが黒かった。ぱっと見の印象を述べるとすれば、ホルスタインという言葉が出て来る。ある種、牛のような猫であったのかもしれない。


 実際、猫にしては大柄で、骨組みもしっかりとしていて、そしてかなり筋肉質な巨漢であった。そう、オスである。


 だが、彼が暴力に訴えて物事を解決しようとすることはほとんどなかった。腹を撫でられるのをひどく嫌がる猫ではあったが、何かの拍子に人が屈んで姿勢を低くしていると、その背にぴょんと跳び乗っておんぶのかっこうをする、なかなかに愛嬌のある猫でもあって、平和的で、気性の穏やかな良い猫であった。


 しかし何より、彼の個性を述べるに際して、最も特徴的と言えるのは、やはりその肉体の頑健さであったのだ。


 通常、猫が横になる時、かなり緩慢な動作を取る。やわやわと横になり、丸くなるのだ。だが、彼の場合は違った。他の猫とはものが違っていた。バタン! という大きな音を立てて、文字通り横倒しに倒れていた。


 バタン! バタン! まるで猟銃で撃たれた獣を思わせる倒れ方であった。しかしそれでいて、当の彼自身は、まったくもって平気な顔で、ごろごろと床に転がっているのであった。彼の豊かな筋肉が、倒れる際の衝撃を完全に吸収し、ダメージといったものは全然生じないのだ。


 それは彼が生まれ持った遺伝的長所ではあったが、しかし彼は、その長所をさらに伸ばすことに余念がなかったように思われる。彼は食欲が旺盛であった。


 とある秋の出来事であったと思う。筆者が昼食か何かのフライドチキンを食べ終え、何かの理由でその皿と骨をそのままにしてしまったことがあった。筆者はうっかり目を離した。その隙を、ずっとうかがっていたということであろうか。白と黒の影がかすめた。


 骨を一本くわえながら、われらが白黒ブチが走り去った。「こら、待て!」と、筆者も駆ける。どうにか追いつき、骨を取り返そうとした時、白黒ブチの抵抗は相当なものであった。筋肉を維持しよう、栄養をとろう、という原始的欲求が極限まで強まり、その発露として、あれほどの抵抗をさせたに違いなかった。


 ともあれ、骨は取り返したが、しかし旺盛な食欲であった。食い意地が張っていると言ってもよい。


 秋。人も猫も食欲の強まる実りの季節に、あの白黒ブチを思い出す。




 食欲の 秋骨くわえ 走る猫

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猫と歳時記 ハジノトモジ @hajino1228

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