第9話 蝉獲り名人
かつて家で一緒に暮らしていた猫に、一匹のキジシロがいた。
脚がすらりと長く、それでいて腹の肉だけがなぜかダブついていて、走るとそのたるんだ腹が左右にプラプラと揺れたのだが、しかし全体としては、至ってスマートな体型をした美しい雄猫であった。
口の左側に、そこだけ薄茶色の染み状をしたチョビヒゲがあった。そのチョビヒゲはどこかユーモラスな印象を彼に与えていたが、顔つきとその目を見れば、やさしさと上品さ、そしてりりしさとが感ぜられる美しい雄猫であった。
そのキジシロ、胃腸が弱く、何かあるとすぐ胃液を吐くという病弱な一面もあったが、しかし、時折見せる剽悍な動作にこそ、むしろ彼の本質があったと言うべきかもしれない。
例えば、それは、別に一緒に暮らしていた、仲の良い白黒ブチのがっちりした雄猫との闘いにおいて発揮された。一度、彼は、かのキジシロは、そのたくましい白黒ブチの眼前でごろりと背を向けて倒れる。白黒ブチは油断する。その油断したところを、キジシロは素早く寝返りを打つようにして襲いかかる。体格ではかなわない相手と互角以上に渡り合うべく編み出した、彼の戦術であるに相違なかった。
そのキジシロが、獲るのである。夏の昼間、ベランダに迷い込んだアブラゼミをである。
それは、だいたいいつも、哀れなアブラゼミの鳴き声の変化によって察知されるものであった。「ミンミンミン!」とベランダからしばらく元気の良い平常なアブラゼミの鳴き声が聞こえていたかと思うと、それが急に「ジジジジジ!」という苦しげで狂ったような切迫した鳴き声に変わる。何事かと思って見に行くと、あのキジシロが、口にアブラゼミをくわえながら、自慢するような見せびらかすような顔をして、こちらを見ているのに出くわすのであった。
「ご主人様、つかまえやしたぜ」
とでも言いたげであった。
そのキジシロも今はもういないが、夏の時期、蝉の声を聞くたびに、あの蝉獲り名人のことを思い出すのである。
アブラゼミ くわえた猫の 得意顔
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