【KAC2024】ケチャップ名探偵の事件簿④ささくれ立つ心編

竹神チエ

家政婦ウスターと荒ぶるマスタード嬢

 富豪マヨネーズ氏が体内液状物質(マヨネーズ)をまき散らし姿を消した事件。その裏には怪盗タルタル(この世のすべてのマヨネーズをタルタルソースに変える野望を持つ大悪党)の存在があった!!


 おケチャップな真似をする怪盗に、真っ赤なリコピンを燃やす右利きのケチャップ名探偵。


「ぼくが必ず左利きのマヨネーズくんを救い出す!」


 しかしその時。


「そんな、おじさんがタルタルソースにされてしまうなんて。ああっ」


 くらりと気を失うマスタード嬢なのであった……。


 ◇◇


 はっ、と目を覚ますマスタード嬢。気が付けば富豪マヨネーズ氏の応接間にいた。どうやらソファで寝ていたようである。


「わたし……?」

「大丈夫、マスタードちゃん」


 心配の声をかけるのは名探偵の助手バジル少年だ。


「ごめんなさい、この事件にまさかあの怪盗タルタルが関わっているなんて聞いて、びっくりしてしまって」


 頬を染めるマスタード嬢(ただし黄色い顔なのでほんのりオレンジに染まってもよく見分けがつかない)に、「必ず怪盗タルタルを捕まえて見せるからね」と励ますバジル少年。


「そうですよね、先生!」


 期待に満ちた目を名探偵ケチャップに向ける。


「もちろんだとも」


 胸を叩き請け合うケチャップ名探偵。その姿にマスタード嬢は微笑んだのだが……。


「今からお話を聞かせてもらっても? お嬢さんが第一発見者ですからね。詳しい状況を知りたいのですよ」


 続いた名探偵の言葉に笑顔が硬くなる。


「ええ。でもわたし何も見てませんわ」


 執務室に入ったらあの惨状だった、と告げるマスタード嬢。


「なるほど。で、今日はどうしてこちらへ?」

「尋問ですの?」

「なあに世間話ですよ」


 微笑むケチャップ名探偵だが、マスタード嬢の表情は硬い。


「今日はおじに誘われて観劇に出かける予定でしたの」

「そういうことはよくあるのですか?」

「ええ。おじは独身のマヨネーズですし、子どももおりませんから。小さい頃からよくしてもらってるんです。いろんなところに連れて行ってもらったりプレゼントをくれたり。学業の援助もしてくれています」


「先日はマヨネーズ氏とディスコに行ったそうですな」


 そう会話に割り込んできたのはペッパー警部だ。マスタード嬢の表情がさらに硬くなった。


「ええ、そうですわ。おじが行きたがったので一緒に出かけました」

「あのマヨネーズくんがまさか踊るんですか!」


 驚くケチャップ名探偵。マスタード嬢が醸していた雰囲気が少し柔らかくなる。


「ええ。おじのダンスは見ものですわよ。ほっとくと夜通し踊りあかすほどです」

「ダンシング・トメイトゥ(トゥナイト)ですな」

「そうですわね!」


 ペッパッと咳とクシャミの混ざったような音を出すペッパー警部。


「で、お二人は深夜に戻ったとか?」

「そうですけど」


 警戒しているマスタード嬢に、ケチャップ名探偵が朗らかにいう。


「お嬢さんがお休みの間、少々他の方にもお話を伺いましてね」

「ウスターですか?」


 突然マスタード嬢の表情が険しくなる。

「マスタードちゃん?」とバジル少年が驚いたほどだ。


「あの人、ほんと口が軽いんですから」

「なにもそう怒らないで。ぼくがしつこくたずねたから答えてくれたんですよ」


 なだめるケチャップだが、マスタード嬢は怒りの表情が消せないでいる。


 ウスターとは、マヨネーズ氏の豪邸の住み込み家政婦である。真面目な働きぶりだが、マスタード嬢とはそりが合わないこともしばしばあった。


「それでウスターは他にも何かおっしゃいまして?」


 落ち着きなく指先を触り、視線を名探偵から外すマスタード嬢。

 その仕草にすぐさま名探偵の指摘が入る。


「指をどうされました?」

「え?」

「気にしていらっしゃる」

「ああ」


 マスタード嬢は微笑みながら指先を見せる。


「ささくれですわ。気になってしまって。だめですね、触るとよけい痛くなるわ。あとでオリーブオイルをぬっておきます」


「見せてもらっても?」

「見るようなものじゃありませんわ」

「失礼ですが、ずいぶん荒れていますね。指先を使う仕事をなさってる?」

「洗い物はよくしますわ。わたし、ホットドッグ屋でバイトしてるんです」


 大富豪の姪であるマスタード嬢。でも彼女も富豪というわけにもいかない。何かと苦労しているようである。


「指先だけでなく」とペッパー警部が詰め寄る。

「心のほうもささくれだっているようですな」

「何の話ですの?」

「ディスコに行った夜です」


 ペッパー警部の鋭い視線をマスタード嬢を突き刺した。


「聞いたところによると、マヨネーズ氏と口論なさったとか?」

「まあそれもウスターが話しまして? まったくどこで聞いてたんでしょうね。姿は見えなかったんですけども」


 ムッとするマスタード嬢だが、ペッパー警部は追及を緩めない。


「けっこう激しくやったそうですな? 何が原因です?」

「たいしたことじゃありません」


 肩をすくめ黙るマスタード嬢。しかし周囲の視線が自分に集まり続けているので、ため息をつく。


「進路のことで揉めたんです。でもすぐ和解しましたわ」


 それから鬱陶しがるように頭を振るう。


「なぜわたしにこうも質問するんです? 犯人は怪盗タルタルでしょう?」

「この家はセキュリティが頑丈ですからな」

「警部はね、内部に協力者がいると踏んでいるようなんです」


 朗らかなままのケチャップ名探偵だが、その指摘にぎくりとしたようすのマスタード嬢。助けを求めるように視線がバジル少年に向く。


「あ、あの先生」かばうように前に出るバジル。

「マスタードちゃんはさっき気絶したばかりですし、質問はまたあとでも」


「バジル、ことは急を要するんだよ。今宵の月が輝く前にマヨネーズくんを見つけないと、彼は左利きのタルタルになってしまうんだ」


「そうですけど」


 バジルはモゴモゴするも、マスタード嬢とケチャップ名探偵とのあいだで視線をさ迷わせて黙る。


「わたしは何も知りません」


 つんっとするマスタード嬢。鼻の奥を刺激するレベルのつんっである。


「でも口論の原因が知りたいのならお教えしますわ。おじはわたしに自分のあとを継いで『からしマヨネーズになりなさい』っていうんです。でもわたしマスタードですもの、当然、断りましたわ!!」



(ケチャップ名探偵の事件簿⑤に続く)

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