知佳、ダンスパーティにしり込みす

マキシ

知佳

 知佳には三分以内にやらなければならないことがあった。

 それはダンスパーティーのパートナーを選ぶこと。


 説明しないとわからないよね。

 ここはアメリカのとある州。私は知佳ちか。れっきとした大和撫子だけど、今はアメリカの大学カレッジに留学に来てるの。留学期間は長くない。たったの一年。


 そして帰国まであと一か月という頃、ホームステイ先の家の女の子、ジェニーがカレッジで有志を募り、ダンスパーティを開いてくれることになったのだ。

 なんと嬉しい限りではないか! ……しかし喜んでばかりもいられない。

 ダンス? ああ、あの甘酸っぱい果物? それはアンズ!

 ……つまり、そのくらい私はダンスなんていうものと無縁なんデスヨ。


 大抵の日本の女の子は、そうなんじゃないかな……。こっちの女の子は違うのかな? そんなことを思っていると、ジェニーが彼女の部屋で話していた時に、こう言ってくれた。

「そんなに身構えなくっても大丈夫だよ! あたしだって、そんなにやったことないし」


 そうなのか、と思い直して「本当? じゃ、どうすればいいの?」と聞いたところ、ジェニーは「いい? 見てて」と、私にウィンクしてラジカセのボタンを押した。ラジカセからはアップテンポのダンスミュージックが、勢いよく流れだした。

 ……とジェニーは、音楽に合わせてスカートの裾をつまんで体の前後に振りながら勢いよくダンスを踊りだす。

 なんてかわいらしいステップなんだろう!


 ジェニーは本当にかわいらしい、お日様みたいな女の子だな、とジェニーのダンスを見ながら思ったが、ふと我に返り心中に冷たい汗を感じたのだった。

 いや、無理無理無理……。


「ホラ、簡単でしょ?」とにっこり笑うジェニー。

 ああ、かわいいよジェニー……。そのかわいらしさの万分の一でも私にあれば……と引きつった笑顔を返しながら思っていた時、ジェニーがバッグから携帯電話を取り出しながら、こう言ったのだ。

「じゃ、パートナーを選ばないとね!」


 パートナー? ああ……って、それはもういい! つまり私のダンスパートナーだ。ジェニーはどうするの? と聞いたところ、ふふんと笑いながらこうお答えになりました。

「あたし? あたしはまあ、当日来た男の子を適当に引っかけるから、気にしないで!」


 そう、ジェニーはモテるんだった。当然だと思っていたところ、顔にも出ていたらしい。

「あー、誤解しないでね。言っとくけどチカって、男の子たちの間で結構人気あるんだよ?」


 人気? 何かの間違いだろう。きっと物珍しい日本人を、興味本位で見ていただけに違いない……。ジェニーは鼻歌を歌いながら、携帯電話の登録された電話番号リストを眺めて言った。

「そうね……、お勧めはバート、オリバー、ジェームズ、メイソン、イーサン……あたりかな。メイソンはちょっと暗いけど成績いいし、紳士だよ。オリバーはお調子者だけど、すっごくいいやつ」


 ジェニーの交友関係の広さには留学中、ずっとお世話になりっぱなしだった。

 ジェニーの助けがなければ、講義のわからないところを詳しい友達に教えてもらったり、レポートを上げるのに学科でやっていたところを研究しているサークルの人に話を聞きに行ったりすることなど、とてもできなかっただろう。


 しかし、ダンスパートナーかぁ……。ふと頭に浮かんだのは、同じ講義を取っている長身の男の子……。

「あとはウィリアムだけど、お勧めしない。彼はあんまりパーティとか、好きじゃないみたいだから」

 とジェニーが言ったので、私は見透かされたのかと思って、せき込んでしまった。

「ごほっごほっ……」

「あれ、大丈夫? まさかウィルが良かったの? 一応番号は知ってるけど、電話かけてみる?」


 私はしばらく声が出せなかった。びっくりした顔のままジェニーの顔を見ていることしかできなかった。

 ジェニーは、にやっと笑って、私にこう言ったのだ。

「OK! じゃ、少し時間をあげる。二十時ぴったりまでね」

 あと三分しかないじゃんか! ……とまあ、こういうわけです。

 ジェニーには、なんか逆らえないの。わかるでしょ?


 その三分はとても長かった。私の一生でも一番長い三分だった。


 そして二十時時ぴったりになった。ジェニーは私がどうするかわかっていたように、自分の携帯電話を私に差し出した。画面には『William』の文字と電話番号。Call ボタンを押すだけで彼に電話が通じてしまう……。

「ホラ、時間だよ?」

 にっこりと笑うジェニー。私は観念してCallボタンを押した。


「RuRuRuRuRuRuRu……(コール音)」

 しばらく続いたコール音の後、澄んだテノールの声が響く。

「ハロー。ジェニー? 珍しいね、どうしたの?」

「ハァイ……。ごめん私、チカ。今ジェニーの電話を借りて話してるの……」

「ああチカ! 話すのは久しぶりだね。こないだの君のレポートは、すごくよかったよ。僕もすごく刺激になった。今日はどうしたの?」


「……」

 私は頭が真っ白になってしまって、何も言葉が出てこなかった。

「? どうしたの? 大丈夫?」

 ウィルが心配しだしてしまった。でも、こちらもどうしようもない。


「……」

 とジェニーが、私の背中をぽん、と叩いて耳元で囁いた。

「ホラ、頑張れ」

 私はその声を聴いて、急に心に力が入ったように感じて、何とか声に出して言う。

「あ、あのね、今度のダンスパーティなんだけど、私と踊って欲しいの!」

 ジェニーが横でガッツポーズをしているのがわかった。ありがとうジェニー!


「ああ、そうか。君はもうすぐ日本に帰ってしまうんだっけ。すごく残念だ。そしてせっかくの申し出なんだけど、その日は婚約者の誕生日パーティがあって、ダンスパーティには出られないんだ。本当にごめんよ」


 私は目の前が真っ暗になるのを感じた。

「そうなんだ。ううん、気にしないで。誕生日パーティの方を、ちゃんと楽しんでね。婚約者の方によろしく。それじゃ、また学校で」


 なんとか平静を装ってそれだけ言って電話を切ったが、目からは涙が溢れていた。

 私、泣いてるの? おかしいな、ウィルとはそんなに話したことないし、ちょっとかっこいいなとか、すごく頭いいんだなとか、結構いいやつだなとか、思ってただけだったし……。そりゃ学校で見かけていたときには、目で追っかけちゃったりなんかしてたりしてたかもしれないけど……。


 私は頭の中がぐるんぐるんして、ただ携帯電話を握りしめていただけだった。

 ジェニーは、そんなあたしを、ぎゅうっと抱きしめてくれた。

「ウィルのやつ、馬鹿だなぁ。こんなにかわいくていい子が目の前にいるのに……、野暮なやつだね?」


 その日は、もうそれ以上ダンスパーティの話はしなかったけど、ジェニーが一緒に寝てくれた。ベッドの中で、私が日本に帰る前に映画を見に行こうとか、ドライブに行こうとか、そんなお喋りをした。


 日本に帰った後も、その日の夜のことはずっと忘れられなかった。

 遠い遠い外国で、今も元気に暮らしているであろう私の大切な友達との、大切な大切な、私の思い出の一つだ。



Fin.

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知佳、ダンスパーティにしり込みす マキシ @Tokyo_Rose

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