KAC20241 カウントダウン

だんぞう

カウントダウン

 山田には三分以内にやらなければならないことがあった。

 なぜならばカウントダウンが始まってしまったから。

 正解を探すために全身の関節を順番に動かし始める。

 まずは右肩、次は左肩、右脚の付け根――ここだ。

 目をつむればはっきりと見える瞼の裏側のカウントダウン、その赤い光がわずかに輝きを失う。

 この感じならあと三箇所で――慌てずに次々と関節を動かしてゆく。

 最初は勘を信じて思いつくままに試してみた。

 しかし何度か生き延びているうちに、順番に確かめるほうが動かしていない部位の漏れが少なく、結果的に生き残りやすいのだとわかった。

 見つけた。左手首はこの角度。

 そして腰。

 最後に首の角度を調整し、今回は37秒も残してカウントダウンの光が消えた。

 だが山田はそのまま不自然なポージングを続ける。

 光が消えさえすれば、もう動いても大丈夫だとは聞いている。

 実際、初めてのカウントダウンを乗り切ったときなど、ポージングが偶然正解したのは一瞬のことだったから。

 それでも筋力が許す限りそのポージングを維持しようとしているのは恐怖がゆえに。

 山田が歩いていた改札前スペースでは多くの人々がポージングを決めてぷるぷると震えている。

 だがそれらの人々をはるかに上回る人数が、その場で石のように固まっていた。

 Idiopathic Sudden Body Stiffness――突発性肉体硬直病。俗称メデューサ病。

 20XX年、突如として人類を襲った奇病。

 あるとき突然に頭痛と共に瞼の裏側に赤い光でカウントダウンが始まる謎のやまい

 そのカウントが0に到達する前に、特定のポージングを決めればカウントダウン自体消える。

 ただそのポージングは毎回異なるし、同時発生するにも関わらず人それぞれに正解の型は異なる。

 運悪くカウント0になってしまった者は、その形のまま全身が硬直する。

 体表の温度は4℃程度まで下がり、心臓の鼓動は一分間に一回未満となり、意識を失う。

 まるで冬眠状態だ。

 始めは病院へと運ばれていた被害者たちであったが、今ではあまりの多さに病院では収容しきれず、風雨に直接さらされない屋内へ運ばれて放置、という状況だ。

 その後、カウントダウン発症は十代から五十代までということが統計的に確認されたが、世界中の様々な地域で突発的局所的に発症しまくるにも関わらず、その地域が選択される条件、時間帯などは相変わらず不明なまま。

 カウントダウン発症を恐れて引っ越した先で固まった例も数多く報告されている。

 山田もそんな発症回避の引っ越しを繰り返している一人。

 一度カウントダウン発症が起きた地域は二度目の発症は少ないという統計も報告されているが、運の悪いことに山田はそれでもカウントダウン発症回数が平均よりも多かった。

 それでもしぶとく生き延びてきた山田であったが、今回ばかりは面食らった。

 再びカウントダウン発症したからだ。

「直後っ?」

 そう叫んだのは山田だけではなかった。

 山田同様に体が固まらずに済んだ生存者たちのほとんどが、なんらかの悪態をついた。

 だが無常にカウントダウンは進む。

 山田は全身の関節を動かし続ける。

 今回は数が多い。

 そう。カウントダウン発症は、一番最初は関節一箇所だけだった。

 それが最近は徐々に複雑になり、今回は恐らくトータル五箇所。それでも三分というリミットは変わらずに。

 山田は必死に関節を回す――焦ってはいけない。

 最後の一箇所は一瞬で良いが、それまでの場所は赤い光が輝きを失った状態をキープしなければならないから。

 しかし今回はポーズがキツイ。

 山田は運動が得意というわけではなかった。だからこそこのポーズは――山田は閃く。

 別に立ったままじゃなくとも良いだろう?

 最後にポージングができてさえいれば、と。

 山田は地面へと寝転がり、型を探し続ける。

 無情にもカウントダウンは継続する。

 周囲には「もう嫌だ!」と叫んでしゃがみ込んでしまう人も現れ始めた。

 しかし山田は諦めなかった。

 カウントは減り続ける。

 あと5秒でニ箇所なんて無理だろ――山田は指先の関節まで動かしながら――あと1秒。

 ふいにカウントダウンが止んだ。

 残り1秒で、山田はポージングを決められたのだ。

 今度はポージングを維持できなかった――ほんの一瞬。だが、その一瞬が山田を救った。

 力なく改札前に寝転がったまま、周囲の固まった人たちを眺める。

 動けているのは山田以外にほんの数人。

「……生き延びられたのか?」

 山田のその自問自答に、まるで答えるかのように周囲が眩しくなった。

 慌てて起き上がった山田が見たのは光に包まれる人々――ただし、固まっている人だけ。

 光に包まれた人はふわりと空中に浮遊する。

 そして、そのまま上昇――改札前の天井をするりと抜けて消える。

 山田は走り出した。

 その理不尽な状況に留まりたくなくて。

 階段を駆け下り、駅ビルから外へ出る。

 そこで山田は見た。

 はるか上空に浮かぶ巨大な楕円形を。

 それらは銀色の光を放ち――というかそこから放たれた無数の光の中を、ストロー内のタピオカみたいに固まった人々が吸い込まれていった。

 突如、山田の脳内にあの頭痛。

 しかし今度はカウントダウンは現れない。

 そして山田の脳裏にある考えが浮かぶ。この頭痛は、彼らの言語であるのだと。

 彼らの言語自体は理解できなかったが、それが自分たちへのメッセージだというのはなぜか理解できた。

『パズルのピースが揃った。これでようやく遊べる』

 その意味はよくわからなかったが、その後地球上でメデューサ病のカウントダウン発症が起こることはなかった。




<終>

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