あと何回踊ろうか、君と
人生
KACより――
目が覚めたからには三分以内にやらなければならないことがあった。
廊下に出ると、無数の生徒が行きかっていた。現在は昼休みが始まって数分後、食堂ないし購買などに向かう、悠長にお昼をとろうという平和ボケした生徒たちで溢れている。
「高森ー、メシ行こうぜー」
近付いてきた友人に、自ら肩をぶつけていく。無視して廊下を突き進む。神経が逆立っていた。
(悪ぃ……)
思い出したように心の中で謝罪する。しかし振り返ってはいられなかった。
この廊下を行きかう無数の生徒たち。その行動パターンを頭の中に想起する。なるべくぶつからず、速度を殺されず、最短でこの場を突破しなければならない。
目標は、高森の今いるこの校舎と中庭を挟んで向かいにある、もう一つの校舎。通称B棟。この廊下の先にある連絡路を通る必要がある。こちら側、つまりA棟側の扉は開放されているが、B棟側の扉は閉まっている。それも、外は強風が吹いているのもあって扉は重く、開けるのに多少手間取る。そこで時間をとられるリスクがある以上、こんなスタート地点で足踏みしている暇はない。
一瞬でも生徒たちの動きを止められれば、その隙に突っ切ることが出来るはずだ。
どうする? 恥を捨てるまでだ。
「わああああああ……!」
高森は力の限り、叫んだ。全員がきょとんとした表情でこちらを振り返る。
その隙に、高森は駆け出した。
走る、奔る。ぶつかる。突き飛ばす。痛い。怒鳴り声。構ってはいられない。
踏み出した足に、変に力がこもった。足首をひねりそうになる。思うように進めない。しかし最短ルートを突っ切り、廊下の端、連絡路前に行き着いた。
強風が吹きつける中、校舎間を繋ぐ連絡路を走る。
校舎の外は静かなものだった。これから何が起こるのか、誰も予想だにしないだろう。何も起こらない平穏な日々がこれからも続くのだと、皆信じて疑っていない。
扉に飛びつき、風が邪魔をする中なんとか人ひとりぶんの隙間をつくり、滑り込むようにB棟に入った。危うく足が扉に挟まれるところだった。
廊下を走る。A棟よりも生徒の数がまばらだ。目的の後ろ姿はすぐに見つかった。
「
先と同様に、大声で牽制した。
名前を呼ばれた目的の人物がぎょっとしたようにこちらを振り返る。
目が合った瞬間に顔が熱くなったような気がしたが、ここが肝心の十数秒だ。
高森は一呼吸ののち、全力で浪川春香に向けて突っ込んでいった。
「ちょっ、わわわあ……!? 何ぃー……!?」
そんな可愛らしい叫び声は、直後、轟音にかき消された。
腹の底から内臓を揺さぶるような、爆音。少し遅れて、阿鼻叫喚のオンパレードが続いた。
「……っ」
意識が飛んでいたのは、どれくらいか。
気が付くと、高森は浪川を廊下に押し倒していた。
これが普段であればもはやセクハラどころではない、とんでもない案件なのだが、現在はそんなことが些事になるような状況だった。
振り返ると、ついさっきまで浪川の立っていた廊下が、なくなっている。
正確には穴が開き、階下の廊下が覗けている状態だった。
階下で爆発があったのだ。
それは科学室でのボヤ騒ぎなどといったレベルの話ではない。
――テロである。
教室の壁もなくなり、窓はその枠ごと失われ吹きさらしになっている。強風が瓦礫にまとわりついた炎をあおり、それはすぐに延焼する。
急いでこの場を離れなければならない。
今の爆発は、本命じゃない。目的は一階にあるガスボンベだ。それもすぐに延焼によって起爆する。一階は火の海になり、この階もすぐに煙で充満することになる。
「浪川、無事か?」
「???」
突き飛ばされたせいだろう、浪川は爆発の轟音に気付かなかったのかもしれない。すぐに恐怖と悲痛に満ちた騒ぎを聞きつけるだろうが、今はそれでいい。ヘタに騒がれるよりまだ、混乱して動けない方が扱いやすい。
「立てるか? 移動するぞ」
「え、あ……腰が……」
腰が抜けたと来たか。それならそれで、仕方ない。三回に一回は起こる失敗だ。しかしだからといって、匙を投げる訳にはいかない。
高森は浪川を背負うことにした。
「ちょっ、えぇ……!?」
恥ずかしがっているような状況ではないのに、まだ理解が追い付いていないのだろう。そんなところも可愛らしく、少しだけ心が絆されそうになる。
(だけど――)
高森は浪川をしっかりと背負い、歩き出した。
背後の惨状は、振り返らない。
全員は救えないと、この悲劇を止めることはもうとっくの昔に諦めた。
昼休みが始まってから目覚めたのでは、もう遅い。ことは今朝の時点で終わっているのだ。贅沢は言わない。自分の罪悪感などどうでもいい。後悔は、全部終わってからだ。その時になって苦しめばいい。今は――
(こいつを背負ったまま、学校から抜け出せるか?)
すぐに第二の爆発が起こる。ガスボンペに延焼するのだ。その影響が一階は瓦礫の山になる。そのためこの先の階段から下に降りるのはマズい。もう少し先に行かなければならない。
生徒たちは既にパニックに陥っている。その中で理性的な怒鳴り声が響く。教師が避難誘導を進めているのだ。爆発の影響から逃れるため、体育館に集まることになる。
しかし――
(この爆弾を仕掛けていたテロリストに占拠される。最後は自爆して全員死亡)
だから、生きて帰るためにはこの学校から少しでも離れる必要がある。
(だけど周囲にはテロリストの一派がいる……。見つかれば撃たれるぞ。この状態で無事に逃げおおせるのか……?)
不安はある。またやり直せるから――そんな軽い気持ちではいられない。
(死んだらまた、昼休みの教室で目覚める――そんな保証はない。次はないかもしれない。それに何より、もう二度と、死なせたくない)
ここまで何度理不尽な死を迎えたか。何人の死を目にしてきたか。そのたびに、気付けば同じ時間の始まりで目を覚ます。
これは何かの罰なのか? どうすれば終わるのか?
(分からない。今はどうだっていい。こいつと一緒に、この地獄から抜け出せるなら――)
ただ全力で走る。
その時、背後で轟音が響いた。衝撃に背中を押され、足が地面を離れる。顔面からアスファルトに突っ込んだ。
(くそっ……今度はこうなるか。でもまだ足は動く。二回目の爆発からは逃れられた。あとはテロリストに見つからないよう、に……)
変だ。何か、おかしい。
「……浪川?」
その呼吸音に違和感があった。
「い、たい……」
周囲には瓦礫の破片が飛び散っていた。
「まさか……、背負ってたせいで……? お姫様抱っこにしておけば……!」
「は、ハハ……、何、言ってんの……?」
笑い声とともに、せき込む。
「なんか、ごめん、ね……」
直感する。これはもう、ダメだ。また――
「ありがと、ね……」
それでも這うようにして、前に進もうとする。耳元に、その
「…………」
何も知らないはずなのに、ひとの苦労など知る由もないどころか、今何が起こっているのさえ分からないはずなのに、あの最後の言葉はなんだったのか。
ずっと、
それともこれは、諦めるための旅なのだろうか。
自分の知らないところで、まったく手の届かないどこか遠くで、理不尽に奪われる大切な人の命――それを後から他人に知らされるよりは、あの手この手を尽くしてどうにもならなくて、自分の力ではどうしようもないと、これはそうなる運命だったのだと――そうやって、諦めをつけるための時間だったのか。
助けるよりも、別れを告げるためにある時間なのか。
……自分はもうとっくに死んでいて、これは走馬灯のような、魂があの世に行くまでに必要な決算、この世への未練を断ち切るための――
「…………」
足音が聞こえた。地面を通して、伝わってくる。誰かが近づいている。テロリストか。また、殺されるのか。
どうしてこうなってしまったのだろう。いつからこの国はこんな風になってしまったのか。他人事、よその国の話だったのに。今や世界は革命の、終焉へと向かう道にある。
ずっと、何気ない日々の中に居たかった。何も考えず、ただ時折あるテストなんかに不平不満を言いながら、出されるお題を淡々と片付けていくような……。
「君は、何度となくこの
テロリストの声がする。
「しかし、君一人の願いでは何も成し遂げられない。少なくとも、この問題を解決するためには、もっと前の時間に遡らなくては。仲間を集め、信頼を得て、確たる評価を積み重ねて。そうした力を身につけなければ、君の望みは叶わないだろう」
この人物は、何を言っているのだろう。
「だけど、我々なら君の助けになることが出来る――しかしそれは、苦難の道のりだ。より深い地獄へと続く旅路だ。時に意味の分からない
本当に、何を言っているのだろう。
「しかし、その果てには、より多くの人の命を救うことが出来るはずだ。しかし、それ以上の地獄を目にすることになる。そして誰にも感謝されることはなく、歴史の影にただ消え去るのみ。それでも良いなら、私の手を取れ」
差し出された手。顔を上げても、相手の姿は逆光に隠れてつかめない。
だけど、それは希望だった。まだ、諦めたくはなかった。
手を伸ばす。
「ようこそ、
あと何回踊ろうか、君と 人生 @hitoiki
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