Vtuberのシンデレラ

寄鍋一人

灰被り姫ならぬ猫被り姫

 画面に映る彼女には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、このゲーム配信を終わらせること。

 

 ゲーム配信をするVtuberの彼女には彼女なりの設定があるようで。

 シンデレラの物語から設定を借りていて、午前零時になると魔法が解けてしまうので配信はその前までに終わらせないといけないらしい。


『うーん……厳しいですね……』


 時刻は夜の十一時五十七分、魔法が解ける三分前。

 いつもなら余裕綽々といった感じで突き進み、毎回配信の初めに視聴者と一緒に決めている目標も難なく達成しているイメージがある。

 しかし今日のゲームは滅多にプレイしない苦手なジャンルらしく、どうやら攻略が難航しているらしい。


『どうしましょう……今日はみなさんと決めた目標を達成できないかもしれないですね……』


 時間ギリギリでも慌てず乱さず、手も声もペースを変えることなく諦めようとしている。

 案の定コメントは大騒ぎで、『もしかして初めてタイムアップ!?』とか『ここまで進まないとは……』とか、各々が矢継ぎ早に送信していく。最近の配信の中でも一番コメントの流れが速いかもしれない。

 でもみんなの言っていることは事実なわけで、実際初めての配信から目標を達成できないことはなかった。

 設定する目標のレベルが低いわけでは決してなく、むしろ高すぎたり時間がギリギリになったりすることもある。だがそこはプロ根性と言うべきか脳筋と言うべきか、割と無理やりにでも達成してきたのが彼女だ。

 

 お淑やかで落ち着いた声と見た目に反して、プレイスタイルは豪快で大胆。そのギャップと清々しいまでの目標達成率百パーセントでファンを獲得してきた。


(やっぱり今日はダメか……)


 こうして見ている僕もれっきとした一ファンで、初回から見てきた超がつく古参の中の古参だ。

 そんな僕じゃなくたって新規でも分かる。いくら彼女がパワープレイでも残り一分ちょっとしかない状況では達成は無理だ。


『すいませんみなさん。目標が達成できませんでした。こんなことは初めてです……。苦手と言って避けてきたのが良くなかったです』


 やはりプロ根性、そして根が真面目。そんな彼女を罵倒する視聴者は一人もいない。励ましのコメントで溢れかえっている。


『次も同じゲームを、同じ目標でやろうと思います。練習をしておくのでお楽しみに』


 そう言って、午前零時までわずか数秒というところで配信は終了した。


「あーーーー! クソッ! 全っっ然上手くいかなかった!」

「こらこら、素が出すぎ。配信切れてなかったらどうするの」


 ラフな部屋着で駆けてきて僕の胡坐の中に飛び込んでくる。これがVtuberのシンデレラの魔法が解けた姿。

 プレイスタイルは素の彼女譲りで、そして真面目で負けず嫌いなところは、どんな魔法にも代えがたい彼女の強さだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Vtuberのシンデレラ 寄鍋一人 @nabeu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説