第7話 俊三(4)
俺は球団設立のセレモニーには行かなかった。
その日、俺がケープタウンにいて日本に帰れなかった、ということもあるが、それより、たかが出資者の分際で、選手の前にでっかい面をさらすことなどあってはならない、という気もちもあった。
それでも、「フラワーローラーズ」と名づけられたそのチームの開幕戦までにいちど選手と顔を合わせてくれ、出資者として、やのうて、この球団を支えるメンバーの一員として、と、レンタローにしつこく言われ、春まだ浅い球場に車を乗りつけた。開幕に備えての練習の日だという。
それだって、この地方の企業との商談のついで、というスケジュールだった。運転手の
「そんな時間ないッスよ。どこかで渋滞に巻きこまれたりしたら完全にアウトッスよ」
とあの東京弁で不満そうに言われ、
「アホ! 野球選手の激励に行く人間にいきなりアウトとか言うな!」
とかわしたけど。
そういえば、この頭ごなしの「アホ」は、いまの世のなか、ハラスメントとして訴えられるかも知れんなぁ。
知れん、というよりも、そのリスク、けっこうでかい。
これからは気をつけよう、と、この前も決意したところなのだが。
監督やコーチ、運営スタッフとあいさつしたあと、俺はグラウンドの選手らの前に連れて行かれた。
選手の数は、少ない。
しかも、その後ろに、さっきあいさつした監督やコーチがいっしょに並んでるから、さらにやりにくい。
横一列に整列したその選手たちの前で、まず、オーナーの代表にレンタローが、世界的な野球選手を輩出しているこの地方にプロの球団がないなんて何かまちがってる、というような「訓示」をした。
それで、次は、と俺に振ってきた。
レンタローと違うことを言わなければいけない。
自慢ではないが、社内の会合でも、何かのセレモニーに引っぱり出されて何かのまちがいであいさつを依頼されたりしたときでも、原稿の準備も何もなしでしゃべるのが俺のやり方だ。
今日も、何を言うかなんて考えてこなかった。
もう二十年も野球には関心を持たないようにがんばってきた俺が、いったい何を言えばいいのか。
かんたんだった。
その二十年前のことを言えばいい。
選手の列の前に立って、軽く頭を下げると、俺は言った。
「いまから二十年ほど前、僕は」
俺が自分を「僕」と言った瞬間にレンタローが笑い出す。
失礼なやつだ。
たしかに、俺が自分のことを「僕」なんて言うのは、ずっとなかったことだけど。
気を取り直して続ける。
「僕は、大好きだった球団がいきなり消滅させられてしまう、という経験をしました。消滅させられたのは、その球団のオーナーとかいう立場にある大企業の都合のせいでした。野球とは、球場でのプレーとは関係ない、選手とはまったく関係のないところで、そういうことが決まる。そんなん、おかしい、というのが、そのときの僕の思いでした。その思いはいまも変わっていません」
そこで、ことばを切って、おれは選手たち一人ひとりの顔を順番に見回した。
続ける。
「日本企業の強さは現場の強さやとずっと言われていました。でも、日本企業の経営者というのがその現場を尊重する思考をしてきたかというと、そんなことはありませんでした。その結果が、いまの日本の企業の状態です。いくら日経平均が高騰してると自画自賛してみても、かつて世界の企業番付でトップテンを独占しそうな勢いやったのが夢かと思われるほど、日本の企業は存在感を失っているという事実は変えられません」
野球選手相手に日経平均とか言うてもあかんか。
いや。
そういう思いこみは、捨てんとあかんのやろう。
俺は、いっぺん口を閉じて間をおいてから、言った。
「野球の世界ぐらいはそういうふうになってほしくない。野球の主役は、球場でプレーする選手の君らと、その試合を見てくれる、応援してくれるファンのみなさんです。だから、このフラワーローラーズをどんなチームにしたいのか、どんなプレーをしたいのか、まずは、ここにいるみなさんで決めてください」
そこで、もういちど、間をおく。
深呼吸をして、間をおく。
それは、やっぱり、そんなことを言っておいて、こっちの夢をこの選手らにおしつけてはいけない、という気もちが働いたからだ。
でも。
一「球団を支える人間」の希望なら、言っていいだろう。
「ただ、僕の希望を言うならば、君らには、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのような球団になってほしい」
後ろでレンタローが吹き出しかけたのがわかる。
つくづく失礼なやつや!
そんなんには気を取られず、続ける。
「俺が」
あ。
「俺」とか言うてしもうた。
おまえのせいやぞ、レンタロー!
「その、かつて大好きだった球団に求めた夢がそれでした。いまの時代、何の計算もなく、データも無視して突き進む、というスタイルが通用しないのは、俺も知ってます。でも、データとかばっかり重視して意思決定していては、ブレークスルーなんかできるわけがない、ということも、俺は知っています。だから、ここ一番というときには、自分の熱い思いを信じて、どんな障壁でも破壊して突き進む、そういうスタイルでプレーする球団になってほしい。一人ひとりがそういう選手になってほしい。それが俺の願いです」
その俺のことばに、選手やコーチや監督やスタッフが拍手して、俺は照れくさそうにしばらく下を向く。
そういう展開を予期していたし、選手も、うん、とうなずいて、拍手してくれそうになっていた。
しかし。
「社長!」
その晴れがましさをぶち壊して、間の抜けた声をかけてきたのは、例によって運転手の椎名君だった。
「もう出発しないと間に合いませんよ! 高速を下りてから十五分ぐらいは見ておかないと」
「アホ!」
あ。
また言うてしもうた。
椎名君はもう慣れているにしても、
「社長が部下を「アホ」呼ばわりして頭ごなしに叱りつけてる」
と、たとえばレンタローがうちの会社のハラスメント相談部門に告げ口したらどうなるだろう?
気をつけないかんとは、思うのだが。
でも、いま、反省しているひまはない。
「おおぜいの人が聞いとるところで社長とか言うな、ほんま恥ずかしい!」
続けてそうどなったあと、俺は、照れ笑いしながら「ほな」とレンタローにも選手らにも軽く頭を下げて、そそくさと球場を後にした。
(終)
猛牛の夢 清瀬 六朗 @r_kiyose
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