トラウマホームセンターへようこそ

柴田 恭太朗

三分以内にこれをどうしろと!?

 オレには三分以内にやらなければならないことがあった。


 え? 何をだと? 何をじゃねぇよ、これ見ろよ、オレの左隣で進行中の惨劇を。


 ホームセンターの特設会場にしつらえられたガラス張りのパーティションの向こうで、上半身に強酸を浴びた男がジュクジュクと溶けている。その様子といったら霧吹きで水を吹きかけられた角砂糖。小さな泡をプチプチと弾けさせながら、あれよあれよという間に溶け崩れていく。


「おわかりでしょう?」オレの横に立った黒マスクの男が解説を加える。トラウムホームの従業員だ。「三分で正解を見つけなければ、あなたもこうなるのです」


 オレは身動きできなかった。なぜなら黒マスク男がオレの足を椅子に足環でくくりつけ、この場から逃げられないように拘束していたからだ。


 左隣のガラス一枚隔てた向こうでは、男が溶けながら小さなうめき声をあげている「アゥグググ……」って低く長く……。オレもね、それが悲鳴ならまだ耐えられたと思う。でも男が漏らす細く恨みがましい言葉にならない呻き声は神経に応えたね。これは後で絶対トラウマになるヤツ。


 足はガッチリと拘束されていたが、手と口は自由に動かせた。オレは電気椅子のような頑丈な椅子の上で、釣り上げられたばかりの魚のように激しく身をよじりながら叫んだ。

「話が違う!」

「なんのことです」

 黒いマスクの男はシレっととぼける。彼の作業衣の胸には、オレが足しげく買い物に訪れているホームセンター『トラウムホーム』のマークが縫い付けてある。

「誰でもできる簡単なクイズだって言ったろ」

「ですから、事前にご説明したとおりですよ」

 男は取りなすようにに両手を挙げた、その作業衣の袖は黒ずんでヨレヨレだ。上衣のいたるところに飛沫が飛んだ跡がある。おそらく溶けた被害者の血液か体液であろう。この男が見た目に歳は若いが、どうやら相当な場数を踏んでいる執行人らしい。


「これのどこが防災対応能力を試すクイズなんだよ、死んでしまうじゃないか!」

「かもしれませんねぇ。死ぬかも知れませんが、誰でも挑戦できるクイズです。ほら、矛盾してない」

「ふざけんな!」

「はなから大真面目ですって。あなたも真面目にやらないと隣の人のように」

 ホームセンターの男は隣のブースを目で示した。溶けた男の体からブスブスと緑黄色のガスが噴き出している。緑黄色といえば野菜なら新鮮で健康的なイメージがあるのに、これがガスの形容詞となると途端に致死性の塩素ガスを想起させるからキミは不思議な色だね、緑黄色クン。


 オレはがなぜ修羅場に立ち会っているか、奇怪な花の花粉を浴びて人間が溶ける修羅場にこんなことになったのか。

 最初から話すから、聞いとくれ。


 ◇


 今日、オレはトラウムホームを訪れた。三月は防災展が行われているからだ。

 トラウムホームは全国各地に拠点を構えているし、テレビCMも流しているからご存じの方が多いと思う。あの『トラウムをあなたと』ってキャッチコピーで有名なホームセンターだ。


 ホームセンターとしても消費者の防災意識を高め、ついでに商品を購入してもらえればという目論見で、防災展を定期的に開催している。


 オレも昨今の地震の多さから、防災に関してちょっとは気になっていた。展示されたパネルを見て歩くうちに、ホームセンターの思惑にまんまと乗せられて、気が付くと備蓄食料やら消火スプレーやらと防災グッズをいくつか買いこんでいた。ハメられたとは思わない、使う必要がなければそれでいい。あくまでも保険を兼ねた安心料だからだ。


 そもそもの間違いは防災展スペースの端にあった看板を見つけたこと。そこには『誰でもできる簡単な防災クイズ』と書かれていた。


 雑学好きなオレは根っからのクイズ愛好者でもあったし、正解すれば豪華な防災グッズをプレゼントと書かれていたこともダメ押しになった。

 オレはスキップを踏みそうな気持でクイズスペースへと歩を進めた。


 ◇


 クイズスペースは白い大きな部屋だった。その中央にガラス張りのパーティションで区切られた五つの区画がある。奥行の長い大きな電話ボックス、車いすごと入れるヤツだ、それが横に五つ並んでいる様子を想像すれば近いだろう。それぞれの区画の中に白い小さなティーテーブルとやはり白い椅子。テーブルの上には植木鉢が置かれていた。


 そのガラス張りボックスの中にはすでに四人の男女が着席している。なるほど五人が参加する形式のクイズだな、入室したオレはそう得心し、トラウムホームの作業衣を着た黒マスク男に促されるまま、オレは白い丈夫な椅子に腰かけた。


「失礼します」、黒マスク男は言うが早いか、素早い動作で椅子の足環をガチャリとロックした。オレの両足は微動できないほど強力に椅子に固定されてしまった。


「な、何をする!」

 オレは慌てた。

「安全ベルトです、ほら説明が始まりますよ」

 シレっと言って、天井のスピーカーを指さす黒マスク男。


 部屋の中にスピーカーから音声が流れた。

 曰く、テーブルに置かれたチューリップの球根に熱湯をかけると三分で花の機能が誕生し、花粉を吹き出すのだそうだ。その花粉は腐食性酸の粘液とともに噴出する。その酸が体にかからないよう防ぐ防災クイズである、と。


「チューリップってそんな危険な花じゃないだろ!」

 オレは泣いた。あまりにも理不尽すぎる。

「アマゾンから取り寄せたチューリッですから、人間ぐらい簡単に溶けますよ」

「一体これのどこが防災なんだよ」

「自然はいつ襲ってくるかわかりません。備えよ常にです」

 トラウムホームの職員は陽気に笑った。


 結局、オレは三分以内に正解を見つけた。何をしたかって? わけもわからず、さっきの防災展で買った消火スプレー、あれをチューリッに吹きかけたんだ。途端に奇怪な花は萎れて枯れた。まさに生と死、紙一重のピンチだった。防災スペースはクイズ正解への伏線だったんだな。あそこで買っていなければ隣の男と同じ運命をたどっていたはずだ。


「おめでとうございます! 正解できましたね」

 黒マスク男は意外そうに言った。

「いや、もうオレ帰りますから」


「続いていきましょう第二問!」

 トラウムホームの男は強い力でオレの手を握りしめ、ホームセンターの裏庭へ連れ出した。

「あちらでバッファローのスタンピードが始まりました。あの暴走するバッファローの群れから生き延びてください」

 男の指す方向を見ると、広大な荒野の向こうから盛大に土煙をあげてやってくる野生動物の群れが見えた。

「だから、どうしてこれが防災なんですかっていうの!」

 オレは両目から涙をこぼして叫んだ。

「だからいったでしょう、自然はいつ牙を剥いて襲い掛かってくるかわからないのです。備えよ常に、ではごきげんよう」

 男はホームセンターの裏扉を勢いよく閉めた。中でガチャリとロックする音が聞こえた。


 オレは近づいてくる猛り狂ったバッファローの群れを呆然とながめた。


おしまい

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トラウマホームセンターへようこそ 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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