情けのなかった男の最期
@chauchau
何を思う手
彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
それは何も難しいことではない。目の前にあるボタンを押す、ただそれだけだった。この時を夢見て、どれだけの年月を重ねてきただろうか。どれだけの犠牲を出してきただろうか。
何も悩むことはなく、何も考えることはなく、指先一つを動かせばすべてが終わる。積み重ねてきた苦労から、苦悩から、苦しみから解放される。やっと……自由になれる。
そこまで分かっていながら、それでも動かない指先を彼は見つめ続けた。括ったはずの腹がよじれるほどに笑ってしまいたかった。鳴り響くアラーム音すらかき消してしまうほどに大きな声で。
彼は時計に目をやる。もう一分が経過した。
たった一分を稼ぐために散っていった仲間がいる。彼の脳裏に仲間の顔が浮かんでも固まった指先は動かない。その内に、浮かんだ顔は静かに沈んでいった。
また一分が経過した。
扉一枚隔てた向こう側で激しい銃撃戦が繰り広げられている。それでも、彼の指は動かない。その内に、銃撃音は少なくなっていった。
また一分が経過しようとしている。
彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
あと十秒。あと五秒。あと。
「だァァァァっしゃぁあああ!!」
指先と時計を交互に見つめていた彼の瞳が、扉を力尽くでこじ開ける青年を捉えた。満身創痍というほかなく、されども瞳のなかの闘志はなおも燃えさかり続けている青年を。
「間にィ……! 合ったァア!!」
「……随分と遅かったじゃないか」
「へへ……オシャレに時間を食っちまってなァ」
その身にサイコキネシスを宿した青年の手が燃えだした。瞳の闘志に負けぬ大火が燃えさかる。
「世界を滅ぼす装置の起動だけは絶対にさせねェ!!」
彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
青年が全霊で撃ち出した火炎が迫り来るなかで、彼が最期に思い出したのは。
「……息子に止められるなら……君も許してくれるかい」
愛した妻の顔だった。
情けのなかった男の最期 @chauchau
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます