【KAC20241】書庫の天使対バッファロー

朱衣金甲

書庫の天使対バッファロー








 観測魔術師ラジィ・エルダートには三分以内にやらなければならないことがあった。


「いきなりだけどあと三分でこのリュカバースの街は壊滅が運命付けられてしまいます」

「今なんて?」


 ラジィの義兄であるクィス・エルダートはサラサラの赤髪を揺らしながら、食卓の上にあるココアのカップを手に取った。

 カップを回し、ココアの豊かな香りを鼻腔一杯に吸い込んで、家事手伝いのアウリスによって程よくトーストされた朝食のパンにかじりつきながら、珍しく書庫から外に出てきた義妹を見やる。


 今日も朝食が美味しいと感じられるのは、それは疑いなく幸せの証ではあるが――


「おお末妹よ、愛しき我らが天使よ。頼むからお兄ちゃんにも分かるように説明してくれないかな」

「だから、この港町リュカバースが壊滅するのよ。あと二分五十秒で何か手を打たないと。クィスお兄ちゃんも協力して頂戴」

「壊滅って……如何なる理由で?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによってよ」


 クィス・エルダートは二つ年下の、今年で十四歳と思春期の真っ只中にいる美しい義妹の目を覗き込んだ。瞳孔は確かで呼吸も安定、どうやら裏町で買った怪しい薬に手を出したとかではないようだ。

 青い瞳は真っ直ぐ真摯、サラサラと白い髪を揺らしながらトーストにかじりつく姿は御侠おきゃんな美少女のそれだが、美少女の言うことが常に正しいわけではないことぐらいクィスもご存じだ。


 そもそもリュカバースは地中海性気候に属する(異世界なのに地中海があるのかというツッコミはあと二分五十秒しか無いので棄却する)気候であり、周囲にバッファローは生息していない。剣と魔法の世界にある、活気に満ち満ちた人口四万人超の港湾都市がリュカバースだ。

 そんな中でいきなりバッファローと言われても、正直困ってしまう。


「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れって?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ以外にどう説明すればいいのか、上手い例えがあるなら教えて欲しいわ。あと二分四十秒」


 それもそうか、とクィスは小さくココア色の溜息を吐いた。他にどうすればいいのかよく分からなかったからだ。

 今日もアウリスが淹れてくれたココアはホッと幸せな家庭の味がして、クィスを安らがせてくれる。


「何でそんなことになってるの?」

「分からないわ。だって私の【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】は観測範囲外のことまでは分からないもの。あと二分三十秒」


 それもそうか、とクィスは頷いた。

 ちまたによくいる汎用攻撃魔術師であるクィスとは異なり、ラジィ・エルダートは未来予知に近い予測を得意とする支援魔術師、観測型魔術師だ。


 大量の観測特化の人工聖霊をばらまいて情報を収集、魔術で脳内に構築した【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】に転送。現実の模倣疑似世界を演算構築し、それを早回しすることで極めて的中率の高い未来予測を弾き出す先読みが、エルダートファミリーにおけるラジィの役割である。


 そんな妹の魔術の冴えをクィスは疑うつもりはないが、


「【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】、壊れてない?」

「壊れてないない、リュカバース未来予測は今日も正常に作動中よ。そうね――十秒後にティナお姉ちゃんが部屋から出てくるわ。あと二分二十秒」


 ふむ、とクィスはお手伝いさんであるアウリスに目配せをすると、アウリスが食卓にもう一人分のココアとトーストを用意してくれる。

 この間に十秒もかかってないのはちょっとおかしくはないだろうか? そもトーストは十秒で焼けないよね? とクィスもラジィも思ったが、アウリスのやることなので気にしないことにした。

 アウリスは完璧なお手伝いさんである。


「おふぁよー、ラジィ、クィス。今日の予定は?」


 ボリボリ腹をかきながら階下に下りてきたのがエルダート家長女ティナ・エルダート、十七歳である。

 その性格はズボラ、蓮っ葉、怠惰なミツユビナマケモノだがスタイルだけは他の追従を許さないとあって、とても家族外には見せられないあられもない姿での着席だ。


「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがこのリュカバースの街を蹂躙するわね、あと二分十秒で」

「そっかー今日の予定は全てを破壊しながら突き進むバッファローのブフゥ!」


 ぼさぼさになった茶色の髪に指を通しながらティナはココアを口に含んで、むせた。


「ごめん全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れってなに?」


 ゲホゲホと咳き込む義姉に、今日ばかりはクィスも哀れみの視線を向ける。

 何事にも迂闊でおっちょこちょいな姉であるが、流石にこれは冗句が過ぎる現実というものだ。


「同じ説明を二度するのは無駄だから省略するわ。あと二分しかないのにそういう無駄話で時間を消費したくないの」

「うむぅ」


 ティナは呻いた。このラジィという白髪青目の美しい義妹が、その清楚っぽい外見に反して中身がドンジャラホイなのは重々知っているつもりだったが――今日のは覿面に妙ちきりんが過ぎる。

 あと二分で全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがこのリュカバースの港街を蹂躙する、と寝起きで言われて信じるヤツがどこにいるというのか。


 カモメとウミネコの歌が響き渡り、荷役が忙しそうに額に汗する青い海と空。それが港の向こうに広がる、ごく普通のリュカバースの朝が今だ。

 そこでいきなりバッファローとか言われても「怪しいクスリでもやってやがりますか?」としか言えないじゃないか。あるいは変な夢でも見たのかとか、あるいは十四歳という年齢特有の厨二的なアレでも発症したのか、とか。


「一応釘を刺しておくけど、二分後に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがこのリュカバースの街を蹂躙するわけではないわ。厳密に言えばそんな未来を拒絶するための猶予があと一分五十秒ってだけよ」

「あ、なるほど」


 それならまあいいか、とティナは納得したようだが、クィスとしてはそれで納得してしまう義姉はこいつ大丈夫か? と逆に心配になる。

 まるで朝三暮四を喜ぶ猿のような姉に対するクィスの信頼は極めて低い。相槌役としては重宝する姉なのだが、残りあと一分五十秒しかないこの状況で相槌に無駄な時間を取られるのは逆に厄介だ。


「全てを破壊する、というのはどの程度の規模なのでしょうなぁ」


 食卓の傍らで蹲っていた、ラジィの騎獣でありエルダート家の保護者ペットでもあるスフィンクスのフィンが、前足で顔を洗いながらのんびり声でそう嘯いた。


「どの程度の規模って?」

「文字通りですよクィス。全てを破壊する、という言葉の概念は人によって異なるでしょう。例えば生活基盤が破壊されれば、ただの市民は全てが破壊された、と思ってしまうでしょうが、実際には瓦礫が残ってますよね? 全てではありますまい」


 成程、とクィスは頷いた。スフィンクスだけあってフィンはそういう謎かけというか、言葉の意味にはうるさいようだ。

 今この場で重箱の隅を突くことに意味があるのか? と思わなくもないが、確かにそれは重要な話かもしれない。


 例えばクィスは優れた攻撃魔術師だが、実際に魔術でバッファローの群れを焼き払おうとしても、『全てを破壊する』の中に魔術まで内包されるというのであれば、迎撃すらままならないということになる。


 クィスとティナは腕を組んで唸った。焼き払われる大地、その向こうから平然と姿を現す、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 この後の展開としてはホラーになるのか、それともコメディになるのか。それともここから一転して、その者青き衣を纏いて金色の野に降り立つような感動の未来が待ち受けているのか。まずそこからして分からない。


「言葉遊びをしているつもりはないわ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは文字通りの意味よ」


 ラジィがそう言葉の裏付けを行なったことで、疑問は更に深まる結果となった。


「とすると、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが通り過ぎたあとには何も残らない、ということになりますなぁ。あと一分四十秒です」


 難しい、想像しにくい話だとティナとクィスは唸った。

 なにせもしバッファローの駆け抜けた後にもし何かが存在しうるなら、それは「全てを破壊しながら突き進む」という表現と矛盾することになるからだ。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの通り過ぎた後に、形容できるものなど何一つとして残っていてはいけない。

 そうでなくては全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの名誉に関わるからだ。

 偉そうに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れと言っておきながら『更地や瓦礫が残ります』ではちゃんちゃらおかしい、看板に偽りありである。


 全てを破壊しながら突き進む、と銘打った以上は、その後に残るのは無、無、無でなければならないのだ。

 いや、無と呼称されてしまうのではそれすら烏滸がましい。全てが破壊された以上、その後に呼称できる何かが存在していてはいけない。そうでなければならないのだ。


 粒子、原子、時間、空間。

 そういったありとあらゆるものが失われていなければ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れとは到底言い難いのである。


「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ……彼らはどこで生まれて、どこへ行くのだろう」


 思わずそう零してしまったクィスにティナが白い目を向けてくる。


「クィス、詩的なことを言えば知的に見て貰えると思ったら大間違いだよ」

「ティナお義姉様ねえさま、君も家長なんだから真面目に考えなさい。あと一分三十秒でこの港町リュカバースは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに呑み込まれるんだよ」

「そんなこと真面目に考えたくないよ……」


 ティナの辟易したような言葉に、だよね、と一同は心から同意してしまった。できればそんなわけの分からないことを考えたくない、というのはクィスのみならずこれを予測したラジィですら同感なのだ。

 何が悲しゅうて全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへの対抗策など考えなければいけないのだ。無茶振りすれば面白いものが見られると思っているならこれを引き起こした誰かは大いに反省して貰いたい。


 ともあれ、考えるべきは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである。畜生、畜生め!


「お待ち下さい。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れとは『全てを破壊しながら突き進むバッファロー』の群れなのでしょうか? それとも『全てを破壊しながら突き進む』のはバッファロー単体ではなく『バッファローの群れ』のほうなのでしょうか? あと一分二十秒しかないのにこんなことを聞くのもあれですが」


 エプロン姿が若奥様のように瑞々しいエルダート家家事手伝いのアウリスが、桃色の髪を揺らしながらそっと頬に手を当てて首を傾げる。

 それがどう異なるのか、と一瞬皆は考え込み、


「そうか、陣形効果、マスエフェクトの可能性もあるってわけね」


 ラジィがポンと手を打ち鳴らし、それで一同も理解が及んだ。

 あるいはバッファロー一体一体に全てを破壊しながら突き進む力があるのではなく、数多が集った協力効果として『全てを破壊しながら突き進む』特性が備わっているという可能性もある。


 だが、それが分かったとしてどうすればいいのだろう?

 残り一分と十秒だが、疑問はますます膨らむばかりで有効な対抗策が一向に思い浮かばない。


「一応、絶対にどうしようもないってわけでもない筈なんだよな。だってバッファローだし」


 クィスの零した言葉の意味を一同は正確に理解した。

 そう、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』である以上、バッファローはバッファローでありそれ以上でも以下でもないのだ。


 もし銃弾も魔術も弾き、無補給無酸素で走り続けられるならそれはもうバッファローとは言えない。バッファローの形をした別の何かだ。

 ラジィはあくまでこのリュカバースを滅ぼすのは『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』だと言った。であればそれは見た目形だけバッファローな、なんちゃって存在であってはならないのだ。


「とすると、陣形効果っていう線がにわかに現実味を帯びてくるわね……あと一分」


 ラジィが白い頭髪をかき回しながら唸った。

 バッファローじたいは、あくまでバッファローなのだ。つまりそれは木の股から生まれた怪物などではなく、生物としてのバッファローということになる。ただ概念として『全てを破壊しながら突き進む』というテクスチャが張られているため『全てを破壊しながら突き進む』ことができるが、それはそれとしてバッファロー自体はごく普通の魔獣でもない動物、ということになる。


「しかし、そう考えると生物としてのバッファローだから殺せる、とも限らないわけですな」

「どういうこと? フィン」

「主さま。何せそのバッファローは『全てを破壊しながら突き進む』特性を持っているわけですから、常識などという概念もまたそれの前では破壊されてしまうのかもしれない、ということでございますよ」

「むぅ……あと五十秒しかないのに手強いわね」

「え、ええと???」


 ラジィは呻いたが、ティナがそろそろわけ分からなくなってきたぁ、とお目々ぐるぐるである。


 そう、バッファローはただのバッファローでも、それが『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』である以上は、本来そうであるべき事実すら破壊されてしまう可能性が高いわけだ。

 だからそれはもう『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』以外に説明する言葉を持たず、言葉を一つ一つ解体していくことには何の意味もないのかもしれない。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはだから、空を飛んでいてもおかしくはないし、地面を泳いでいたって何の不思議もない。いや、えびぞり大回転分身パンチを繰り出しながら背面ブリッジ状態で進んでいようと何の問題もないのだ。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れなのだ。それが表す事実はただただ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れでしかないのである。


「ああもう、あと四十秒しかないのに全然いい案が思い浮かばないわ。誰でもいい案出してくれたら昨日アウリスが焼いてくれたクッキーの残りを進呈するわよ!」

「報酬しょっぼ……」

「うるさいわよティナ! それぐらいしかないんだから仕方ないでしょ!」


 ラジィがバン、と食卓を叩いて肩を怒らせる。

 ラジィ・エルダートを初めとするこのエルダート一家は教会で肩を寄せ合って暮らす親なし孤児の集まりなので、家族に出せる報酬は本当にそれぐらいしかないのだ。


 そもそも何で我々がこんなことを考えなきゃいけないんだろうと悲しくなってくるが、観測魔術師というのがまずそうそういるものではない。

 あと三十秒でリュカバースの街が全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに呑み込まれる未来が確定する、と知っているのがここの面々だけなのでどうしようもないのである。


 無論、死なば諸共であれば何も考える必要はないのだが、そういうお先真っ暗な話はラジィたちは好きではない。

 世の中、どれだけ叩かれたってハッピーエンドが一番、笑って死ねる未来が一番だ。それに勝る結末があるとはラジィは思ってはいないのである。


「逆に考えてはどうでしょう? 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである以上、突き進めなくなったり、破壊できないものが存在した時点でそれは定義を失い雲散霧消するのでは?」

「確かに、アウリスの着眼点は悪くないかもしれないわね。あと三十秒」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはそういう存在である以上、その在り方を維持できなくなった瞬間に自己矛盾を起こして自然消滅するのでは、という点は確かに否めない。

 バッファロー、あるいはバッファローの群れは、全てを破壊しながら突き進まねばならない。これが大前提なのだ。


「やっぱりバッファローの群れって、単横陣で迫ってくるのかな」


 ピッと手で食卓の上に横線を引いてみせたクィスの言葉の意味が、皆にはよく分からない。


「どういうこと? バッファローがお行儀よく横一列で並んでくる理由が分からないわ。あと二十秒だけど」

「え、だってさっきフィンが言ったろ? 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが通り過ぎたあとには何も残らないって。だったらバッファローの後ろにバッファローがいたらおかしいよね? おかしくない?」


 ああなるほど、そうやって説明されれば確かにと一同は頷いた。

 確かに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが通り過ぎたあとに、何かが残っていてはいけないわけで。

 つまるところ後続として続くバッファローすらも破壊される全てに含まれる以上、バッファローの後ろにバッファローがいられる筈がない。理屈としてはその通りだが。


「だけどさ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである以上、全てを破壊しながら突き進むという概念すら破壊されるのかもよ? そうすると単横陣とは限らない可能性もあるんじゃないかな?」


 そう単純にティナとしては疑念を呈しただけなのだが、


「――それよ、それだわティナ! お手柄よ! あと十秒だけど間に合ったわ!」


 え? と首を傾げるティナを前にラジィは大はしゃぎをしていて、その理由がティナにもクィスにもさっぱり分からない。


「【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】に先の要素を追加、【演算 再現スプタティオ レフェロ】開始……よし! いける、いけるわよ皆! ちょっくらやってくるわね!」


 そうしてるんららーと踊るような足取りで騎獣フィンの背中に跨がったラジィは、そのまま窓の外へと消えていった。

 残された面々には何が何だか分からないが、どうやらこれで港町リュカバースの未来は救われるらしい。


 何が何だかさっぱり分からないが。





      §   §   §




 はてさて、リュカバースの街の北東に位置するランスルー平原にて、


「というわけでティナのひらめきによりリュカバースの街は救われました。ハイ拍手」


 そう宣うラジィとフィンの前では今も猶、平然と全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが疾走している。

 が、その背後の世界が崩壊しているといったふうもなく、どう見てもそれはごく普通のバッファローの群れでしかない。


「えー、末妹ラジィさん。お姉ちゃん頭おたんちんだから分かるように説明してくれると嬉しいなー」

「え? だからティナが言った通りよ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである以上、全てを破壊しながら突き進むという概念すら破壊されるってこと」


 はてなマークを浮かべるティナとクィスではあるが、その横で家事手伝いアウリスがポンと手を打ち鳴らす。


「つまり、『全てを破壊された』場所に『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』が突っ込んだ瞬間、『全てを破壊された』環境そのものが破壊される、ということですか」

「そういうこと。流石はアウリス、何もかも完璧ね」

「恐れ入ります」


 悠然とアウリスが頭を下げるころにようやく、ティナとクィスも得心がいった。

 『全てを破壊された』環境そのものが破壊されたあと、其処には何かが存在せねばならない。

 何故なら其処は全てが破壊された状態であることが許されない環境だからだ。

 では、そうやって何かが存在しなければならないとして、もっとも自然にその場所にあることが相応しい何か、とは何だ? と考えたとき、


「応力、自然回帰、運命、その場の都合がいい辻褄合わせ。どういう言葉を選んでもいいけど、何かがあらねばならない環境に何があればいいかを考えたとき、もっとも無難な選択は『周囲の環境に合わせる』でしょ?」


 だから『全てを破壊された』環境そのものが破壊されると、そこには自然と周囲の環境に合わせた何かが構築される。

 それはつまり、周囲が同じ景色である平原であれば当然のように平原が構築されるということだ。


「『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』はその前提故に突き進むことを止められない。だけど多少進路を曲げることぐらいはできるからね」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを止める手立てはないが、逆に言えば全てを破壊しながら突き進んでいさえすればいい。

 そうやってラジィはバッファローの群れが∞の字を描くように干渉したのだ。


 『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』という概念にさえ抵触しなければ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れも、その干渉を破壊することは能わない。

 そうしてラジィの微妙な誘導によって綺麗な二列横隊に形成されたバッファローの群れは、全てを破壊した側から破壊された環境を破壊しつつ、延々と∞の字に走り続けるのだ。


「理屈としては分かったけど……これ、どうするの?」


 ティナの問いに、ラジィは首を横に振って応えた。

 目の前では今も、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが延々と走り続けている。


「どうもしないわ。ただ延々と『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』が在り続けるだけよ。破壊と破壊の破壊を繰り返しながらね」

「繰り返される創世と滅亡の輪廻。この世の縮図みたいですなぁ」


 フィンの呟きにそれでいいのか、とティナもクィスも思わないでもなかったが、やがて細かいことは気にしないことにした。


 少なくとも自分たちが暮らす街の未来はこれで、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れから救われたのだ。

 それ以上のことなど、庶民である三人には必要あるまい。

 今日と同じ明日がまた来るのである。それで十分というものじゃないか。


 もしかしたら致命的なエラーが発生して、平原ではなくわけの分からない物体が全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの駆け抜けた後から生まれてくる可能性もあるが――


「ま、そこまで考えてられないよね。どうせ僕たち庶民だし」

「それねー」

「それよねー」


 エルダートファミリーは頷き合って、リュカバースの街へと帰っていく。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの脅威は、ひとまずこれで去ったのだから。








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