ドリームキャッチャーの悪夢

大田康湖

ドリームキャッチャーの悪夢

 今日は風が強い。今年の春一番だろうか。

 私がコートの襟を立ててアパートに帰ってくると、郵便受けに「橋上はしがみ真衣夢まいむ様」と書かれた封筒が入っていた。差出人は兄の貴彦たかひこだ。家に入って封筒を開けると、手紙と一緒に、中央にバッファローの頭蓋骨のモチーフをあしらった円形の網飾りが入っていた。

 『アメリカ研修旅行のお土産だ。ドリームキャッチャーと言って、窓に下げると悪夢を吸い取ってくれるんだとさ』

 どうやら兄貴は私のした話を覚えていたらしい。去年このアパートに引っ越してきた直後、ここで事故死した筋トレ好きの青年に、毎日トレーニングをさせられる悪夢を見たのだ。青年は花粉症だったらしく、窓からの強風に負けてくしゃみをした拍子に消えてしまった。

 (だからってこんなの買って来なくてもいいじゃない。あれから悪夢は見てないし)

 私はいぶかりながらも、ドリームキャッチャーをカーテンレールに吊り下げた。


 その夜、ベッドに入った私は、いつの間にかサボテンがぽつぽつと生える砂漠に立っていた。辺りには誰もいない。地平線の向こうに目をこらしていると、もうもうと土煙が立ち上ってきた。その土煙の向こうから、地響きを上げながら黒い塊が押し寄せてくる。バッファローの群れだ。

(逃げなきゃ!)

 そう思ったものの、なぜか足が地面に貼り付いたように動かない。その間にもバッファローの群れはサボテンを押し倒しながら進んでくる。先頭のバッファローの頭はドリームキャッチャーに付いていた頭蓋骨のように真っ白だ。バッファローの幽霊なのだろうか。ともかく私は声を振り絞って叫んだ。

「助けて!」

 すると、誰もいなかった荒野に突然、タンクトップに短パン、ダンベルを持った青年が現れた。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの前に立ち塞がると、先頭のバッファローに持っていたダンベルを突き出す。すると突然群れがかき消えた。

「あ、ありがとう」

 私が礼を述べると、青年は笑顔で答えた。

「俺を部屋から出してくれてありがとう。しっかり筋トレしろよ」

 そう言うと青年は消えていった。


 私が目が覚めて部屋の窓を見ると、ドリームキャッチャーからバッファローの頭蓋骨が外れて地面に落ちていた。

(あの筋トレ男に助けられるなんて。兄貴には悪いけど、やっぱりこれはしまっとこう)

 私は頭蓋骨を拾い上げると、カーテンレールからドリームキャッチャーを取り外す。窓の外には穏やかな朝の光が振り注いでいた。

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