第8話 実行②

 ちょっと待て!


 いやいやいやいや、そうじゃない、そいつじゃないだろ!


 イモ子、戻れ、ハウス!



 しかし、そんな俺の心の声は彼女には届かない。


 先程、彼女の決意に背中を押され意を決したはずの俺が、さっそく彼女の行動を制止しようとしているのは何故か。


 それは、彼女が狙った対象が、想定と違っているからだ。



 ……新たな作戦を引っ提げて、再度電車に乗り込んだ俺たち。

 彼女は車内のできるだけ人口が密集している場所に配置し、俺はその2メートルくらい離れた位置から、スマホをいじるふりをしながら、彼女の動向を撮影する。


 おお?なんだかさっきの電車よりも乗客数は多いか?

 これなら自然と対象に近づくことができるのではないか?

 俺は車内をキョロキョロと見渡す。

 

 狙うのは、あの50歳くらいの脂ぎったおっさんか?

 それともあっちの、40代のいかにもエロそうな顔をしたサラリーマンか。

 いやいや、こういうのは意外と真面目そうに見える根暗でムッツリタイプのおっさんの方が良いのだろうか……。


 等と考えていたところ、イモ子が対象として選んだのは、そのいずれでもない相手だった。


 

 その対象の何が間違いだったのか。

 その問題点について解説する。



 まずはその年代だ。

 それは20歳代前半くらいの青年であった。


 いや、体つきは大きいけど、顔にはどこかあどけなさも残っているように見えるので、もしかしたらもう少し年下、大学生か、もしかしたら高校生なんてこともあり得るかもしれない。

 少なくとも半袖Tシャツと短パンというラフな服装から見て、通勤中のサラリーマンではないだろう。



 ちなみに俺が対象の想定を中年サラリーマンに絞っていたのには、きちんとした理由がある。

 

 一つは、そいつが会社員という組織に属する人間であるため、逮捕するに際して抵抗しようとしてきたときには、「このことを会社にバラしますよ。」とか言って脅すことができるからである。


 もう一つは、犯人は普段は真面目ぶって部下に説教しているような中堅の立場にある人物が行う犯罪だからこそ、それに対して正義の鉄槌を下すことで、視聴者の正義感を充足させるのではないかと考えたことだ。


 そのことは事前に彼女にも説明していたはずなのだが……。



 しかし現在イモ子が狙いをつけている相手は、黒髪短髪のそれなりに爽やかな好青年といった感じであり、それを成敗しても共感性は少し下がってしまうのではないだろうか。



 いや、もうそこは目を瞑るとしてもだ。

 もっと大きな問題がある。



 その青年は身長が180cmくらいあるガッチリ型の体型をしていて、服から顕になった腕や脚や首筋から、相当に体を鍛えていることが見て取れる。


 まずいぞ、これは。


 そんな奴を捕まえるなんて、俺にできるのか?

 大人しく応じてくれるならまだしも、逆ギレして暴れられるようなことがあれば……



 俺の脳裏に、その青年に返り討ちに遭い、フルボッコにされて血だらけで路地裏に倒れ込む俺の姿が映し出される。



 そんな俺の恐怖心を知らずに、イモ子は青年との距離を詰めていく。


 そしてよく見ると、なんだかイモ子は少し楽しそうに、頬を赤くしながらニヤついた表情を浮かべていた。


 あれ?


 これってイモ子、ただ単に自分の好みの青年を発見したから、それを積極的に狙いに行っただけじゃねえのか?


 うーん。



 もう……これはだめかもわかんらんね。

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【番外編】私人逮捕系チューバーvs女子中学生の妥当な結末 幽鬼倫理 @yuki-rinrin

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