KAC20241 さくら と てん 再び
卯崎瑛珠@初書籍発売中
さくら と てん 再び
天には、三分以内にやらなければならないことがあった――
都心から電車で三十分程度。とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、便利屋ブルーヘブン。
その店主である青井天は、実は天狗だ。195センチの長身に、真っ赤な長髪はゆるいウェーブのくせ毛で、後ろでひとつに縛っている。おまけに首や腕にはびっしりとタトゥーが入っている。厳つい見た目にも関わらず、愛嬌のある笑顔で人の硬くなった心をほろほろと溶かす男である。
「てんちゃん! もっと!」
「さくら、もうバスが来ちまうって」
「やだ!」
「ぼくも!」
「あたちも!」
「つぎはぼく!」
「えぇ……」
巨体で戸惑う天は、何の変哲もない住宅街の道路上で、現在大ピンチである。
◇
さくらというのは、同じ商店街に店を構える肉屋の四歳の孫である。
その肉屋の店主が、今朝ぎっくり腰になり念のため救急車を呼んだところへ、騒がしいなと様子を見に外へ出た天。慌てたさくらの母が「えーっとさくらも連れて行く!? どうしよう!?」と動揺していたのを見て「幼稚園のバス乗せるだけだろ? 俺が連れてくか?」と軽く言った大天狗に、さくらは目をキラキラさせて「ウン!」と頷いた。ちなみに父親は出張中らしい。
「天さん! お願いしてもいいですか」
「おう。安心して病院行け。迎えも間に合わなかったら行くぜぇ」
「助かります! 幼稚園、電話しときます!」
救急隊員が搬送先の病院と連絡を取っている間に、母親は家から幼稚園の制服とカバンを持ち出して天に手渡すと、ぺこぺこお辞儀をしながらバタバタと救急車に同乗していった。
「じいじ……」
「大丈夫だぞ~」
「ほんと?」
「おう。さくらがいい子にしてたら、すぐ戻ってくらぁな」
「さくら、いいこ!」
「はは。朝飯食ったか?」
「くってない!」
「げ。ええと、食べたか、だな。
「ん!」
満面の笑顔で両腕を広げる四歳の園児を、天は抱き上げ、便利屋へ戻った。
「かなたん!」
「さくらちゃん? どしたんすか」
奏斗は天の同居人兼、便利屋店員だ。
金髪ツーブロックの182センチ。耳にはバチバチのボディピアスが並ぶ、三白眼の
「肉屋んとこの、ぎっくり腰でよ~持病あるってんで、今念のため救急車乗ってった」
「うわ、心配すね」
「てわけで、今日は俺がバスのとこまで送ってく」
「……まじすか」
「心配すんなよぉ~送るだけだぜぇ~」
奏斗はじっと天を見つめて「何があっても、振り切って帰って来るんすよ」と言う。
「どういう意味だぁ?」
「あー……もう遅刻するんで。いってきます」
「いてらっしゃいーかなたん!」
「はは」
わしゃわしゃと寝ぐせのついたさくらの頭を撫でて、奏斗は家を出て行く。
天はそれを見送りながら首を捻った。
◇
「こういうことかよぉ、奏斗ぉ~!」
天は、時間ギリギリになると「行きたくない!」と駄々をこね始めたさくらをなだめるため、肩車して幼稚園バスの乗降場所までやってきた。
すると、同じ場所で待っていた四人の園児たちが、目をキラキラさせてそれを迎えたのだ。
四人の園児たちは、クスクス笑う母親たちを背に、満面の笑顔で両腕を広げる。
「ぼくも!」
「あたちも!」
――肩車の順番待ちの列ができた。
「だーもう! バス来ちまうから!」
「やら! 天ちゃんは、さくらの!」
「ぐえ! ちっ、しゃーねえ!」
ぎゅううと頭ごと抱きしめられた大天狗は、苦肉の策でさくらに「しっかり捕まっとけ!」と言うと、四人まとめて抱き上げゆっくりとくるくる回ってみせた。
「うおらああああああっ」
「きゃー!」「しゅげー!」「わあああ」「きゃっきゃ!」
大天狗のメリーゴーラウンドを楽しんだ園児たちは、園バスがやって来ても離れたがらず、天が無理やりバスの中に放り投げるようにして乗せていった。
夕方、肉屋の主人が一日入院になったと報告に来たさくらママが、笑顔で言う。
「天さん、なんか幼稚園の先生たちの間で伝説みたいになっちゃってますよ」
「えぇ……」
「ふふふ。ありがとうございました。これ、お礼です。奏斗くんに揚げてもらってください」
「おぉ……」
渡されたビニール袋の中には、天がよく買っているコロッケが、揚げる前の冷凍状態でたくさん入っていた。
もちろん奏斗には、コロッケを揚げながら「そうなると思ってましたけどね」と呆れられた、天であった。
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