<KAC2024応募作品> 平均点を取る方法

ガビ

第1話 平均点を取るための方法

 工藤慎二には3分以内にやらなければならないことがあった。


 800メートル走。

 100メートル走のような刹那の勝負でもないし、1500メートル走や5000メートルほどじっくり勝負ができるわけではない絶妙な距離である800メートル走。


 中学3年生の平均タイムは2分54秒。

 今までの俺の自己新記録は3分7秒。一応は部長である立場からしたら情けない記録だ。

 せめて、3分は切らないと部長としての面目が保てない。


 テストでも、平均点を超えることが難しかった。

 答案用紙が返却された後、先生が今回の平均点を黒板に書き込むと、その数字に自分が達していないことに恥ずかしくなる。


 周りのクラスメイトの多くは、あの点数を悠々と超えているのだと思うと、休み時間にいつも通りに笑って話せるか不安になってくる。


「はっハッハッはっハッ」


 中学生活最後の大会で、俺は必死に走っていた。

 ただ、ガムシャラに走り続ける。


 声援だろうか。甲高い叫び声が聞こえてくるが、どれがうちの部員達の声なのか分からない。

 

 練習中に仲良くしていた奴らの声が聞き分けられないことに罪悪感がある。


 我ながら、部長としての仕事はそれなりにやれていたと思う。

 顧問と部員達の架け橋になったり、集会でみんなを鼓舞したりとしていたので、俺なんかを慕ってくれる後輩もできた。


 しかし、肝心の記録がパッとしないことにモヤモヤを感じていた。もちろん、練習は全力でやっている。先程言った慕ってくれる後輩に追い抜かれてもめげずに走り続けてきた。


 漫画や映画で、「本番中、仲間達の応援に励まされました!」みたいなセリフがあるが、現実は聴覚を集中させる余裕なんてない。


 陸上という競技は、本番になったら孤独な戦いになる。

 辛い練習をしてきた仲間達に頼ることはできない。0.1秒でも早くゴールするために走る。そこに自分以外の味方はいない。


 400メートルトラックを一周した。


 足が重い。

 息も絶え絶えだ。

 でも、そんなこと知ったことか。


 遊びでやってきたわけではない。夏休みも冬休みも必死で練習してきた。だから、最後くらいは平均点を取ってやる。

 ここで2分54秒を切れなかったら、俺の人生はこれからも普通に達することができない気がする。


 カーブを曲がり、後は100メートルの直線のみだ。


 そこで気づく。

 ずっと後ろに張り付くように走っていた選手が加速したことに。


 突然なことに反応できない。まるで短距離走のようなスピードにどんどん離される。


 あぁ。風避けにされていたな。

 陸上競技の大敵、向かい風。

 行手を阻む強風の対策として、彼は俺を壁代わりにしたのだ。

 そして、ラストスパートで追い抜くことで効率良くゴールできる。

 言ってみれば、出し抜かれたのだ。


 俺は悔しいとかの感情より納得が勝っていた。

 なるほど。平均点を取れるか否かはこういう差なのだな。

 ただ頑張るだけではなく、工夫する。

 彼はズルをしたわけではない。工夫することによって、馬鹿な俺に勝ったのだ。


 彼がゴールした6秒後に、俺も走り切った。

 その場でぶっ倒れそうになったが、チームメイトが抱きしめる形で支えてくれた。


「頑張った!」


 見てくれてた奴がいたのだと思うと、涙腺が少し緩んだ。でも、俺は部長なのだ。自分の出番が終わったからといって気を抜いてはダメだ。他の部員のサポートに行かないと‥‥‥。

 そこまで考えたところで、意識が途絶えた。

\



 30人中18位。記録3分00秒。


「‥‥‥」


 張り出された800メートル男子の結果が記された大きな紙を見て、中学校では平均には辿り着けなかったことを受け止めていた。


 しかし、悪い感情だけではない。

 風避けの彼のおかげで、ヒントは掴んだ。

 高校では平均を取ってやろうじゃねーか。

 そう決意して、仲間達が待っている応援席に戻った。

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