ハンマーガール・ヒッティング
西基央
不満満々魔神とハンマーガール
ハンマーガールは飛び回る。
今日も今日とてカジュアル・ポップにクラッシャー。
どいつもこいつもハンマーで、頭を叩いてぶっ潰すのだ。
◆
大好きなカノジョとおしゃべりしてた。
ちょっとのズレで言い争い、お互い怒って電話を切る。
些細なケンカはいつものことで、後悔するのもいつものことだ。
カノジョとケンカした翌日のこと。
朝起きて登校、高校に着いたらハンマー担いだ女の子がいた。
ただし身長三十センチくらい。たぶん妖精かアメリカお菓子の親戚だと思う。
だってどぎつくカラフル衣装で、ピエロみたいに涙のメイク。ハンマーガールはジャンプして、キュートにスマイル・バイオレンス。クラスの女子の頭をフルスイングでぶん殴る。
そしたらなんか変なのが飛び出た。ふわふわまんまる、風船みたいなモンスターだ。
さらに空舞うガールのハンマー。
くるんと回転、モンスターの脳天に直撃ヘッドヒッティング。やっぱり風船だったようで、ぱぁんと小気味よく割れた。
「おはよー!」明るく女子が挨拶。
「うん、おはよ」僕もにっこり挨拶。
殴られた女子には怪我がないし、僕のパパには毛がもうない。
彼女にはガールもモンスターも見えてない様子。
他のクラスメイトも同じ模様。
どうやら僕にしか見えていない状況で、ならきっとガールは夢か妄想だろうし、ひとまず頬をつねってみる。
『いたいいたいいたいいたいっ⁉』
なんとびっくり、最近の妄想は柔らかい。
これは本格的に病院に行かないと。なんて考えていたらハンマーガールが怒っている。
『なにすんですかあなたは!?』
「いや、目が覚めたら消えるのかなって」
『このやりとり四回か五回くらいやっていますよね!?』
別に会うのは初めてじゃない。
この子は色んな所で誰かの頭をぶっ叩いている。
「今日もハンマー仕事?」
『当然です! 私はスキャットハンマーガール! 不満満々魔神をぶっ倒すんです!』
胸を張ってハンマー掲げる。元気があるのはいいことです。
『人間、嫌なことがあったら頭から中々離れない。そういう不満満々魔神をハンマーでぶん殴って追い出して、ぶっ潰すのが私の役目! きゃは☆』
指し示したのはさっきの女子。
彼女の頭には自分でも消せない不満がこびりついていた。そういうものが魔神となって、退治するのがハンマーガールらしい。
『不満満々魔神は放置すれば大きくなっちゃう。ちょっとした嫌なことだったはずなのに、気が付いたら大きく重くて動けなくなる。だから正義の味方は三分が基本。可能な限り早いうちに、頭をハンマーヒッティング!』
「ちなみにあの子の魔神って?」
『“貸した百円返してっ言ったら返ってきたけどけち臭いって言われた”魔神が住み着いていました。恐ろしい強敵でした……』
真剣な顔で呟かれた。
しかし戦士に休んでいる暇はない。
新たな敵がすぐに現れる。
『あれは!? “道を開けてあげようと思ったのに相手も同じ方向に避けたせいでかち合って、それだけならまだしも相手に舌打ちされた”魔神!? 倒さないと大変なことになる!』
天翔けるスキャットハンマーガール。
ぶん殴って追い出して、ぶん殴ってぶっ潰す。
魔神の主は笑顔で雑談している。どうやら
激しい戦いは続くけど、僕らの日常も続いてく。
リズミカルな魔神叩きを余所に、先生が授業を開始した。
『“先生が出席番号順に当てていくから安心してたのにいきなり今日は○○日だからとか不意打ちかましてくる”魔神がっ!?』
『“机で眠ってたらびくんってなって皆に笑われた”魔神もっ!?』
『“授業中に内緒で手紙を回していた(僕だけ飛ばされた)魔神まで!?』
授業中でもなんのその。
飛び跳ねスキャットハンマーガール。
色んな人の頭から、色んな魔神がふわふわ出てくる。
その度にぶっ潰していくけれど、戦いが終わる日は来るのだろうか。
パンをもぐもぐお昼休み。
今日は男友達と集まっての昼食。
ハンマーガールもちょっとおやすみ、僕の机でごろごろタイム。
『小さな嫌なことは育っていくと、こびりついて取れなくなります。だから早いうちにぶん殴って追い出さないといけないんです。でもどう考えても手が足りなんですよねぇ』
ハンマーガール業界も人手不足に悩まされている。
きっとガールがレディになる頃には、後継者問題も出てくるだろう。
もしかしたら給料安いの? 小声で聞いたら元気な答えが返ってきた。
『皆の笑顔がなによりの報酬です!』
やりがい詐取のハンマーガール。
さんざん魔神を倒しても、君に救われたとしても、気付かず通り過ぎる人達ばかり。
悲しくなったから今度ケーキをご馳走しようと思います。
そうして今日も授業が終わり、皆それぞれ帰っていく。
僕はぼーっと窓の外を見る。
一人また一人といなくなる度、遠い空から橙色が差し込む。
『小さないやなことってたくさんありますね』
「そうだなぁ」
『私だけじゃぶっ潰し切れません』
一つ一つは些細なこと。
でもそれが積み重なれば、いつの間にやら山みたいな嫌なこと。
そうならないよう、この子は頑張っている。
もしも凄くもやもやとした気分が、なにかの拍子にすこーんと抜けたなら。
それはきっとスキャットハンマーガールに頭をぶっ叩かれたのだ。
だけど業界は人手不足で、なかなか手が回らない。正義の味方の三分は、あくまで理想の水準です。大きく育った不満満々魔神に、頭を占拠されてしまうこともある。
『帰らないんですか?』
「もーちょっと、ぼーっとしてたい」
何もする気がない。動く気になれない。
代わりに踊るハンマーガール。机の上でブレイクダンス。
夕陽に染まる放課後の教室。ぽつんと残る僕、「はひゅー……はひゅー……」と疲れ切ったアホの子。
そして、カノジョもまた、俯いたままそこにいた。
「あ……」
「え、と……」
声をかけようとしたカノジョ、何か言わなきゃと思った僕。
タイミングが重なってもう一回黙りこくる。
恋人同士な僕達だけど、ケンカしたまま上手く仲直りできなくて、今日はずっと喋っていない。
だけど二人とも別れたいわけじゃない。
ケンカの原因だって些細なことだ。
ちょっと他の女の子を褒めてしまった。
ぷいっとカノジョに無視された。
うまくスケジュールが合わなくて、週末デートが出来なかった。
小さな不満ではあったと思う。
でも好きだから、嫌われたくないから、笑ってごまかした。
そいつが頭の片隅に残って、長く放置してしまったから、不満満々魔神になった。
『一応言っとくけどあんな魔神、私じゃ倒せないですからね! あとブレイクダンス疲れで起き上がれません!』
だけど残念、頼みの綱は机で寝転び中。
ビッグな敵には挑まない、雑魚狩り専門ハンマーガール。
だから僕は一歩を進み、ハンマーみたいに頭を振り下ろす。
「ごめんなさいっ!」
「ごめんなさいっ!」
同時にカノジョのもハンマーヘッド。
頭を上げて目を合わせたら、互いにきょとんと不思議顔。
「え、と。僕は、君という恋人がありながら。二人きりの時にクラスの子をかわいいとか、優しいとか褒めました。無神経でした、ごめんなさい。でも、僕が好きなのは君で」
「う、うん。わ、私もそれくらいで嫉妬して、ごめんなさい。どうせ私なんかって、無視したみたいになってしまいました。それに、デートのことも。ただスケジュールが合わなかっただけなのに、いじけちゃって」
「僕も、楽しみにしてたんだよ。だ、だから。次。また次のデートの計画、立て……ませんか?」
「はいっ!」
スキャットハンマーガールは毎日毎日忙しい。
だから「ごめんなさい」で倒せる魔神は、早めに倒した方がいい。
心の中身をぶちまけたなら魔神もどっかに行ってしまう。
「今回は、ケンカしちゃったけど。私はやっぱり、大好きな君と一緒にいたいです」
天然クリティカルハンマーガール。
いつだってカノジョは無意識に僕の頭をぶん殴る。
ひゅーひゅー冷やかすアホの子にデコピン一発決めて、夕暮れの住む教室を後にする。
帰りの道に伸びる影は、手を繋ぐ二人と囃し立てるアホ。
「ごめんね、心配かけちゃって」
『いえいえ、こいつがアホなだけなんでー』
……残念なのか、そうでないのか。
スキャットハンマーガールは僕の妄想ではないらしい。
この子はカノジョにも見えている。理由は分からないけれど、分かったところで意味もない。
そう言えば前に言っていた。「二人だけの秘密があるって嬉しい」と。
案外ハンマーに殴られ過ぎて、見えるようになったのかもしれない。
『おぉ⁉ “今日はデートだからで早退した後輩に残業を押し付けられた、当たり前のように仕事の後に予定がないと判断された先輩のそこはかとない納得いかない感”魔神の気配が!?』
「ケーキ買っとくから早めに帰っておいでなー」
『ありがとうございますっ! チーズケーキで!』
そうしてスキャットハンマーガールは日が落ちてからも飛び回る。
だいたいいっつも間に合わないし、強い魔神には敵わない。
些細なことだけぶっ潰す、頼りにならない皆のヒーロー。
それを見送り手を振る僕らは、可能な限り頼らないように。
些細な魔神はお互いが潰す、そういう二人になりたいです。
ハンマーガール・ヒッティング 西基央 @hide0026
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