6

 明くる日。

 仮初めの夫婦は意図も簡単に、村娘の遺言――もとい気まぐれな依頼を完遂した。

「なーんじゃ。呆気なく死んでもうてつまらぬ刃を交えたのう」

 血塗れた短刀を振り払い、八重は頬を膨らませながら愚痴を続けて放つ。

「これなら昨日の村娘や身籠りしていた女の方が百倍は才があったのう。勿体ないことをした」

「っ……!」

 身籠りの女、その単語に動揺を隠せない様子の晃太郎は自ら利き腕ではない左腕に包丁を刻む。

「なっ! な、汝は阿呆か……!? 何故、無意味な自傷行為を。いや、今は止血をせねば!」

 緋色の瞳を最大限に開き、驚きを抱えたまま彼女は夫にした人物に近付く。

 そこにある感情は純粋な心配や憂慮、それから驚嘆。

 たった二日――正確には二十四時間も満たない夫婦の仲に八重は微かでも気が緩んでいたのかもしれない。

「がはっ……」

 少女の口から紅い液体が流れる。

 心臓の真横を鋭利な刃が彼女の躰を突き破る。明らかな致命傷とは行かずとも、短期間で治せるほどではない傷害だった。

「……っち。急所、狙ったつもりなのに!」

 低く、唸るような無念の声音。夫という理不尽な肩書きと不意討ちを利用してもなお、彼女には届かなかった事実に晃太郎は包丁を落とす。

「くくっ、舐めれたものじゃのう……。しかし、わしに騙し討ちとは良好な手じゃ」

「ぐっ……死なねぇのかよ。化物か……?」

「ふっ、ふふふ……化物、か。その言の葉からは遠からず、近からずといったところかのう」

 刹那、八重は瞳を大きくしながらもカッと目を見開く。武器を使用せずとも彼女には他に戦う術があった。

「ぐっ……」

 左の拳に威力を込めた、一般的な女性とは比べられないほどの打撃。その一撃は見事病み上がりの晃太郎の腹に深傷を負わせた。

「すまんな、加減をしてやれなくて」

「うぅぅ……!」

「さあ、立て。まだ、やれるじゃろう? 精々、わしを地面に膝を付かせる程度には成長してもらわんと、いつまで復讐は果たせんぞ?」

 煽って、煽られて晃太郎の躰は限界を越えてもなお立ち上がる。



 代替えの出来ない復讐相手、八重姫が生をこの世で繋ぎ止める限り――果たせると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

八重姫 おおいししおり @oishi_shiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ