5
佐伯晃太郎は比較的、常人以上には丈夫な躰であった。
病に倒れたことは幼い頃からほぼ皆無であり、疲労困憊しても初の作った食事や睡眠をしっかり取れば何事もなく戻った。故に、温かい布団で横になっている現在の状況が異様にも不思議な気分である。
「……意外と普通だな」
瞳を揺らしながら彼は言葉を放つ。
高笑いの暗殺者、八重姫の居住。
その末恐ろしい肩書きとは裏腹に、ドロドロとした雰囲気の感触はなく生活感のある一般家庭とは然程変わりはしなかった。
「ほう。どのような妄想をしていたか、是非とも問いたいところじゃ」
「……別に。くだらないことだ」
「くく、そうかのう」
それ以上の言及はない。そう晃太郎は判断すると、彼女から背を向けるように寝返りを試みる。その行動が異質である、と気付いたのは意外にも八重の方からだった。
――泣く子も黙る恐ろしい殺人鬼に対して、背中を向けるなどと。
「……信用を。いや、それほど脆弱しているってことかのう」
普段は独り言でも豪快な彼女だが今回に限っては小声を口にする。
「…………何か、言ったか」
「いんや、特には。それよりも、寝られんのならわしがとっておきの子守唄を詠んでやろうか?」
「要らない」
「ふっ、即答とは。実につれないのう」
八重はその場でくるっと一回転をして見せると見下したような、嘲笑の表情を浮かべる。
「まあ、よい。せいぜい汝は、その疲労に満ちた躰をゆっくり休めることじゃな」
「……すー」
「む? 既に睡魔に乗っ取られて耳に届かぬか」
鼻で小さく嗤い、彼女は寝室を立ち去った。
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