幕間
時に――全てを失ってから、それは幸せだったと彼は気付く。
「晃太郎さん。私、働きに出ようかと思います」
妻、初の何気ない配慮の一言。貧しい家庭が故の優しさから来たもの。しかし、一家の大黒柱の彼にとっては酷く情けなく、複雑な心境である。
「っ……いい、必要ない」
「で、ですが……。晃太郎さん、ずっとお顔の色が優れないように見えて――」
「大丈夫だって言ってるだろっ!!」
大声。その声量と勢いに初は肩を震わせる。
「……っ、す、すみません! 出過ぎた真似を」
「あ……いや。俺のこそ……その、言い過ぎた」
険悪、とまでは行かずとも気まずい空気が夫婦の間に流れる。
初は夫だけに負担を掛けさせたくないと願い、晃太郎は妻に家庭を守り、宿した子宝と共に安静に生活して欲しいと想いがあって。互いの気持ちは明らかにすれ違いを見せるが、見て見ぬ振りを何度も繰り返していた。
「はぁ……悪い。仕事に行ってくる」
「は、はい。……いってらっしゃい」
ガタ付いた戸が勢いよく閉まる。
晃太郎と結婚をしてから約一年、子を授かりて順風満帆な日々と同時に夫婦の間で何処かヒビの入った関係が生じていた。
その崩壊が『彼女』によって起こるということを今、二人は知らない。
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