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 安楽死――というこの世で最も生ぬるい殺し方に晃太郎は一切興味を示さなかった。


「くふふ。我が夫よ、人をひとり殺したあとだというのに浮かない顔じゃな。」

 菊乃の死後、静寂だった空気を彼女は容赦なく破壊する。その問いは至極おかしく、晃太郎の瞳が一瞬だけ揺れた。

「……正気で居る方がおかしいだろ」

「はっ、ごもっとも」

 八重は下品に嗤う。面白おかしく、続けた。

「しかし、わしの普段の行いと勘の良さからしてのう、汝の顔には物足りぬとも取れるのじゃよ。――知りたかったのはもっと惨いものだ、とな」

 晃太郎は目を伏せる。図星と言わんばかりに。

 事実、彼の目的は八重姫の討伐――報復をすること。その為に屈辱でも夫婦ということを利用して殺人術を学ぼうと目論むが手練れである彼女が簡単に目的を達成させてくれるわけがなく、その芳醇な殺気に少女は気付いていた。

「なぁに、安心せい。そう簡単に技術が高いものは教えんよ。何事にも順序が大事じゃからのう」

「……そりゃ、ご丁寧にどうも」

「くふふ、感謝されるのは気持ちが良いのう」

 それは皮肉からの謝辞。男は憎しみ、妬む少女に対しての精一杯の嫌味に過ぎない。それでも彼女は素直に受け取った。

「さて。墓はこれでよいじゃろう。あの娘もこうして二人に葬られて幸せ者じゃな。――おっと、何処へ行く?」

 菊乃の遺体を土に埋め、晃太郎は無言の立つとふらりとその場を去ろうとする。

「……次の標的」

「おおっ! 娘の言うとった村長と息子のことじゃな。殺る気があるとは感心、感心」

 首を頷かせ、感服。それでも八重は抗うことが困難な事実を突き付ける。

「しかし、今日はやめておいた方が無難じゃろ。汝、心身ともに憔悴しきってると見立てた」

「……っ。問題ない、俺は、早くお前をっ……」

 くらり、と晃太郎の視界が揺れる。

 目眩。彼の否定したい心とは裏腹に身体は言うことを聞き入れなかった。

「ほーれ、見たことか。夫の成長は喜ばしいことじゃが、己の限界をまだ認知出来ぬ者にこれ以上は付き合えん。従って、今は素直に休め」

「くっ……」

 疲労困憊。そう表現する他にないほど晃太郎は参っていた。

 まるで多感な時期を過ごす少年のような、反抗心が剥き出しな仮夫に八重は何かが閃く。

「ふむ、仕方ない」

「ちょっ、おい」

 晃太郎の片腕を八重は自身の肩まで回し、必然的に支える。それはまるで二人三脚で生きることを誓った夫婦のようであった。

 彼が不服な感情を抱いていても、少女は不敵な笑みを繰り返す。

「喜べ、汝をわしの拠点に招待しよう。所謂――愛の巣って奴に。……くふふ」

 刹那、彼女の嗤いが耳元で響き渡っているうちに晃太郎は意識を失った。

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