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少女――若き売春の村娘、菊乃が両親を失い、自身の人生を狂わした憎き敵討ちと運悪く遭遇して驚いた理由は二つある。
ひとつは、その復讐心を抱いていた相手が自分と同年代の若い女であること。
そして、もうひとつが普通の生活をする為に今の自分に最も必要な存在かつ、同時に要らぬものと感じる男を連れていることに……燃えるような怒りが込み上げる。
「どうしてっ……どうして! こんな野蛮な殺人鬼が愛されて、あたしがっ。あたしは愛されないの!?」
「なっ、野蛮とは失礼な。……まあ、上品であるとも言い難いが」
「煩い!! どいつもこいつも触り方、気持ち悪いのよ! 喘いで、反応良いから自分が気持ち良くしてるなんて勘違いしちゃって。そんなの、全部あたしの名演技に決まってるでしょ! おまけに吐く言葉も出すものも汚い! 愛なんてね、そこには無いの。……もう、嫌よ」
菊乃は全てを白状すると、その場に座り込む。絶望、そんな雰囲気を醸しながら結論付ける。
「……いいわ、殺しなさい。あたしの決意が……無駄にならないうちに、早く!!」
それは呆気ない、そもそも勝負の場すら整っていない環境に白旗が上がる。そんな抵抗すら放棄した少女に晃太郎は唇を噛み締める。
大切な者を目の前で奪われた者同士、助けたいという気持ちと自身の復讐心を滾らせる為に少女を利用すべきであると願う自分が入り乱れて彼女に問う。
「っ、本当に君はそれでいいのか?」
「生きていても良いことないもの。なら、いっそ永遠の自分探しの旅って奴に出た方が、マシかもって思っただけ」
「ほう、理に叶う。主君、さっさとこの娘の決意とやらに答えてやったらどうだ? ――死を待つ人間に甘い言葉はただの毒ぞ?」
緋色の瞳を細めた彼女の言葉に、晃太郎は背筋が凍る。
「ぐっ……わかった。ただ、道具がない。護身には心得が多少はあるが、素人だ。すぐに逝かせてやりたくても拷問と化してしまうかもしれない。だから、その短刀を」
「何を言うとる、必要ないじゃろう。くふふ、汝の背には今か今かと血を欲する
「っ……!?」
魔物――当然それは、晃太郎が八重に対抗する為に持ってきた切れ味の良い包丁を指す。
無論、それをむやみに見せたり、手の内を明かすような出来事はしていない。殺人の罪を何度も犯す者として再会後すぐに理解していた。その、
「っち、気付いていやがったか」
「気付くも何も、わざとやってるのかと思ってたわい。そんな分かりやすく殺意を散りばめといて何も無いと豪語するほど落ちぶれてないのじゃ。くふふ、だがわしは愛する主人の本性のひとつが知れて嬉しいけどのう」
年相応の幸福に満ちた悦び。そんな彼女に不快を覚える視線が晃太郎の他にもうひとつあった。
「……吐き気がするわ。そういう痴話、あたしが死んだ後に他所でやってくれない?」
「すまん、すまん。さて、娘よ。最期にはなるが何か言い残すことはあるのかのう?」
菊乃は目を瞑っては、その面白おかしい問いに鼻で笑った。
「お優しいことね。遺言を残したところで伝える相手なんていないわ。あたしはもう、失うものは無いのだから」
「若いのに寂しいのう。なら、良き提案がある。わしらに託すというのはどうじゃ?」
「はぁ……?」
菊乃は口を開いたまま数秒間の硬直後、思考を巡らす。それでも、彼女の語る言葉という遺品について理解は出来なかった。そんな困惑する年下の少女に八重は追記を加えて再び提案する。
「ここで出逢ったのも何かの縁によるもの。それと汝、水の客商売が故に相当恨みを抱いていると拝見した」
「っ……いやね、ちゃんと隠してるつもりだったのに。表情も仕草も、あたしの専売特許で謂わば商売道具同然だったはずなのに。愉快な殺人鬼のくせに呆気なく見透かされた」
菊乃の諦めた発言に少女は否定を被せる。
「それは違おうぞ。死に際の人間が人生で一番、本質を晒す。……ただ、それだけじゃよ」
「そう、今後の為に心得ておく。まあ、あたしは殺したいくらい憎い人間が居ても冷静にそう判断は出来ないでしょうけど。……彼みたいに」
「……ふん」
図星、と言わんばかりに晃太郎は彼女たちから視線を外す。
最早、目先の二人はただの女性たちではない。本当の妻を葬った殺人鬼と若くして春を売ることに手を染めた死に損ないの村娘。復讐の心がふつふつと沸騰する晃太郎に躊躇など存在しない。
「……余計なこと言うつもりではなかったけど、あんたたちって意外とお似合いかもね」
「くふふ。そうじゃろう、そうじゃろう。して、娘よ。遺言は決まったかのう?」
その問い掛けに少女は大きな溜息と小さな覚悟をひとつ。自分に残された時間と与えられた権利を噛み締めて、一言に纏めるように。
「村長と――村長の一人息子、紫晞を……地獄へ葬って」
「承知。……失敬、最期くらい痛みを忘れて偽りでも幸福を見てくれ」
「……」
常人の域を遥かに越えた八重姫の手刀により、菊乃はその場に倒れるように気絶する。
意思を預けたままの心臓を貫くことを避けたのは優しさか、または彼女の断末魔を村中に轟かせない為の対策か。それでも、この場に存在する誰もが心の底からどうでもいいと結論付けた。
「亭主よ、安楽死させる方法を今から教える。心して掛かるがよい」
「……ああ」
地獄に葬って――。
憎しみ、尊く嘆く戦慄の果てに少女は何故そう願ったのか。教材と化した彼女の遺体が語ることは皆無に等しい。
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