第3話 危険な贈り物(後編)

「どうしたの? お肉食べないの?」

 直美が不思議そうに良平を見て言った。

 良平は爆弾の方に意識が行き、手が完全に止まっていたのだ。


「あ、もちろん食べるよ。美味いよな」

 良平はごまかす為にいつもより優しく微笑んでみせる。

 直美はなんとも不思議そうに首を傾けるが、すぐに肉料理を切ることに集中し始めた。


 ずっと繋がっている電話の向こうから、必死で爆弾を解除しようとしている様子が伝わって来る。

 しかし、爆弾の解除は全然順調ではなさそうだ。


 直美は切った肉を口の中にいれて、うまそうに租借する。

 美味しいのだろう、噛んでいる間もずっとニコニコしていた。


 良平の方は笑顔を見せてはいるが、もう今は肉の味を味わっている余裕はない。とても良い肉だと分かっているが、大きめに切った肉を口に放り込み、それほど噛まずに飲み込んでいた。

 気持ちがいていて落ち着かないのだ。


 もし、本当に、吉良3Sに爆弾の解除ができなければ、直美に「愛してる」と言わせなければならない。

 しかし、直美に状況を伝えてはいけないという指示が出ている。

 隠しマイクが置かれていて、監視してる男もいる状況では直美に事情を伝えるのも難しい。


 この状況でどうやってこの一言を言わせるか……

 良平の頭の中はそのことで一杯になっていた。


 肉料理が終わり、店のスタッフがチーズをのせたワゴンをおして来た。


「どれも美味しそう!」

 チーズ好きの直美は目を輝かせる。

「少しづつ全種類のせましょうか?」

「はい! おねがいします!」


 そろそろお腹一杯だろうに……

 良平は苦笑しながら直美の嬉しそうな様子を眺める。


「僕はミモレットと、ゴルゴンゾーラをほんの少しで」

 良平がスタッフに伝えると、かしこまりましたと心地よい声でスタッフが言って皿にチーズをのせてくれた。

 

 チーズをフォークで刺し、良平はパクリと食べる。

 濃厚な味が口の中に広がる。

 良平は赤ワインのグラスに手を伸ばし、口に含んだ。

 

 美味い。

 肉の味はあまり感じなかったが、濃厚なチーズの味は美味しいと感じ取れた。


 直美の方を見ると直美も同じように、チーズとワインを一緒にたのしんでいる。

 

 "やっぱりこれは無理そうだな”

 ”ああ、あと15分ではとても……動かせないし手が出せないぞ"

 電話の向こうの声だ。声に焦りの色を感じる。


 "まいったな、良平、監視の男はまだいるのか?"

 優の声だ。良平は男の方を見る。男はデザートを食べ始めていた。


「いる」


「え?」

 直美が良平の声に反応して顔を上げる。


「あ、いや、俺の分もか? チーズ」

 良平は慌てて誤魔化す。


「さすがに、チーズはこれ以上食べられないわ。この後のデザートを沢山食べなきゃいけないし。ここのデザートはすごく美味しいって噂になっているから、すごく楽しみにしてるの」

 嬉しそうに直美が言う。良平は自然と笑みがこぼれた。

「そうか、ゆっくり沢山食べろよ」

「うん」



 大きな飴細工で飾られた芸術品のようなデザートが運ばれてきた。

 加えてワゴンにいくつかのデザートが乗せられて運ばれてくる。


 かなりの種類があり、さすがに全種類は食べられそうにないのだろう。

 直美はワゴンをみつめてどれにするかを吟味していた。


 直美が何種類かのデザートを選んだ後、スタッフが良平の方を見たが、良平はワゴンのデザートはことわった。

 飴細工で飾られているデザート一皿で十分だ。


 "もうすぐ残り3分になるぞ。良平、大丈夫か?"


 全然、大丈夫じゃないぞ……

 良平は顔に笑みを浮かべながら心の中で言う。


 しかし、あの監視役の男、一緒に死ぬ気か??

 もしかすると爆発がどこで起きるかとか、爆発の規模については聞かされていないのかもしれないな



 "システムが起動したようだ。残り3分、頼むぞ良平”


 良平は骨伝導イヤフォンになっている特殊な伊達だてメガネを通して伝えられてくる優の言葉を聞きながら目の前に座る直美を見た。


 直美は機嫌良さそうな可愛い笑顔で、目の前にあるデザートをまるで芸術品でも鑑賞するように眺めている。


「すごく綺麗で美味しそうだわ!」

 直美が嬉しそうに言った。


 途端、良平はぎくりとして顔色を変えた。

 同時に骨伝導イヤフォンから佐々木の叫び声が聞こえて来る。

「おい、今の言葉がエラーではじかれたぞ! あと4回違う言葉を話したらロックがかかる!」


 佐々木の叫び声の後、続けて優の声が聞こえた。

「良平、直美に余計なことを話させるな。3文字以上の言葉を言う前に止めろ!」


 無茶言うなよ……

 良平は苦笑いしながら口に出さず心の中でつぶやく。


 直美は不思議そうな顔を良平に向けた。

「どうしたのよ、良平」


 良平達はギクッとする。これで2回目のインプットになる。


「だんだん顔が怖くなってる気がするんだけど??」


 うわぁぁまたしゃべった!! これで3回!


 "おいっ、あと2回だぞ!"


 わかってるよ!

 良平は焦りながら心の中で叫ぶ。


「りょ……」

 直美がまた良平の名前を呼ぼうとしたので慌てて良平は口に手を当てた。

「しー……直美」

「??? なに?」


 2文字だ。これはセーフだ。


「な、何も言わないで、黙って俺を見てくれ直美」

 少し冷や汗をかきながら良平は言う。

 直美は困惑した顔をしている。


「今日は、お前からどうしても聞きたい言葉がある」

「え?」

「俺に、えっと、あの言葉をいってくれないか?」

「?????」

 直美は意味がわからず、困ったような顔になり首をかしげた。


「心のこもった言葉だよ」

「???? あ!」

 直美は何かに気付いたような顔になる。

 そして大きな声で言った。


!」


 ちがぁーーううぅっ!


 "何やってんだお前! もう後がないぞ! お前、得意だろうがそういうの!"

 佐々木の叫び声だ。

 "おい、あと1分きった!"

 さすがの優の声も緊張しているようだ。


 このままだと全員サヨナラだ――


 焦っているのは良平も同じだ。

 良平は気がいているせいで声のコントロールが効かず、大きな声で叫ぶ。

「直美!」

「はい!?」

 突然叫ぶように名前を呼ばれて、直美は驚いて「はい」と返事する。

 これも2文字なのでセーフだ。


「じゅ、ジュテームってフランス語だよな」

「え?」

 直美が拍子抜けしたような表情になる。


 "あと20秒だ!"


「で、aimerエメってどういう意味だっけ!? 頼む直美。俺にその言葉をくれ!」

 良平の必死な様子に、直美は困惑している。

 そして、あまりにも必死な良平を見て首をかしげながら答えた。


「……? ……?」


 ピッ!

 その瞬間、電子音が鳴り、爆弾のタイマーの電源が切れた。


 ……はあぁぁぁぁぁ


 優に佐々木、爆弾処理に来た吉良のエージェント達、そして良平が大きくため息をつき、体中の力を抜いた。

 残す秒数は3秒だった。本当にぎりぎりだ。


 "さすがに、冷や汗をかいたぞ"

 佐々木が呟くように言う。

 "ったく、剛のバカはろくなことを考えないな"

 優が呟くように言った。

 ”直美が誕生日をここで過ごしたいと言っていたのを覚えていて、サプライズにしたいから、予約済みであることは黙っておいて、予約の電話が来たら普通に予約出来ましたと言ってくれと店に頼むなんて……なにより、直美が来るかどうかも分からないのに、この計画の為に半年も前からここを予約してたなんて、ほんとに執念深くてまめな野郎だ”

 佐々木は怖い男だと、ぞっとしたような顔で言った。


「急に、一体どうしたのよ?」

 急に大きくため息をついて力を抜いた良平をみて、直美が少し照れた様子で不思議そうに聞く。


「さっきから変だけど、もしかして、体調が悪い?」

 直美は心配そうに良平をみた。

 良平はそんな直美をみて微笑む。

「なんでもないよ……ふう、もう大丈夫だから」


「本当に? なんだか冷や汗かいてるように見えるよ、もしかして体調悪いのに付き合ってくれたとかじゃない?」

 直美は本当に心配そうな顔をしている。


 ”しかし、剛って本当に馬鹿だよな”

 佐々木の声だ。ホッとしていつもの調子が戻ったのか、おしゃべりになっている。

 ”良平が目の前にいる時に愛してるって言わせてどうすんだよ、どうせなら自分の名前を呼ばせたらいいのに、頭悪いよな、絶対”

 ”確かにな”

 優の同意する声が聞こえた。


 良平もその通りだと思い、声を出して笑いそうになる。

 それを何とか堪えて、直美に笑顔を向けた。


「大丈夫、もう治った。さあ、誕生日用のスペシャルデザートとコーヒーをゆっくり味わって食べようぜ」

「うん」


 良平がデザートに手をつけてはじめてしばらくすると、吉良のエージェントの数人が監視役と思われる男のところに現れるのが見えた。

 直美からは死角になっているので直美は気付いていない。


 男は特に抵抗することもなく吉良のエージェント達に連れ出された。


 *


「くるしい! 歩くのがつらい」

 レストランを出て廊下を歩き始めるとすぐ、直美がお腹を押さえるような仕草をして言う。

「だろうな、あんだけ食べたらな」

 良平は直美をみて笑って言う。

「だって美味しかったんだもん」


 そんなことを言いながら直美たちは、ホテルのラウンジまできて、ラウンジを覗くと優と佐々木は優雅にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。


「おう、終わったかのか」

 佐々木が直美と良平に気が付いて手を振りながら言う。


 直美たちは優と佐々木の方まで移動した。


「うん、今回はごめんね。こんな所で待たせちゃって」

 直美が申し訳なさそうに謝る。

「かまわないよ。こっちも、久しぶりにゆっくりすることができて丁度良かった。気にするな」

 優が言う。


 ゆっくりできた……ね

 あんなに緊張することはそうそうないだろうに……

 良平と佐々木は直美に嘘をつく優を見て苦笑した。


「それなら、良かったわ。お兄ちゃんたちいつも忙しいもんね」

 何も知らない直美は嬉しそうな笑顔を浮かべて言う。


 直美の笑顔をみて、優、佐々木、良平は顔を見合わせた。

 そして3人は微笑む。


 直美は少し考えるような仕草をした。

「でも、来年は4人で来たいな。あ、来年の分を今から予約しておこうかしら?」


 直美の言葉に3人は顔を見合わせ、そして叫んだ。

「いや! それはやめておこう! ・・・…来年以降の計画は、俺たちが完全に極秘で進めてサプライズすることにするから!」




「危険な贈り物」完

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危険な贈り物 = 天使と死神の物語= あきこ @Akiko_world

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