第2話 危険な贈り物(中編)

 骨伝導イヤフォンから聞こえて来た”爆弾が仕掛けられている”という優の言葉に、思わず反応してしまった良平だが、すぐに誤魔化す様に咳払いし、直美に「失礼」と伝え笑顔を向けた。


 直美は特に気にすることなく、旅行の話を続ける。

「残念なのは、時間が無くてアルカトラズ島に行けてないのよね。今度行ったら絶対に行きたい場所のひとつだわ」


 "20分前に家に剛からバースデーカードが送られてきたと連絡があった。そのカードに、爆弾を直美の誕生日にプレゼントすると書かれていたんだ。爆弾は、直美が誕生日に行きたがっている店があるホテルに届けたと書いてあって、ご丁寧に爆弾の設置場所まで書いてあった。それで、俺と佐々木で確認しにきたら、本当にそのとおり爆弾が設置されていたよ。あいつ、今回は本当に直美を狙ったみたいだな"

 優はかなり怒っているようだ。

 冷静に話してはいるが声色でそれが伝わってくる。


「サンフランシスコは危険な街ではないのか?」

 良平が直美を見て言う。直美は不思議そうな顔をした。

「ん? もしかして行った事ないの? ……いや、そんなわけないか。変な質問ね」

「あ、いや、直美にとって危険はなかったかという意味だよ。海外は危ないからな。誰かにからまれたり、スリにあったりとかしなかったか?」

 良平は誤魔化そうとして少し言葉が増える。

「ん~、なかったわね。サンフランシスコはそんなに危険な地域じゃないし」

 機嫌がいいからか、直美はあまり突っ込むこともなく真面目に答える。


 良平の言葉は、良平から優に向けての質問をカムフラージュしたものだ。

 このままここに居て危険が無いのか?

 良平は優にそう質問したかったのだ。


 "爆弾はそのレストランの真上の部屋だ。かなり火薬量が多い。ホテルが倒壊するかもしれないぐらいの量だ。だからかなり危険だな……今、佐々木に処理できるか見させているが難しそうだ。うちの爆弾処理の専門家にも緊急招集かけて今こっちに向かわせているが、到着にはまだ15分以上かかるだろう。それに佐々木の見立てだと、彼らが到着しても処理できるかはちょっとわからないみたいだな”


 状況はかなり悪そうだ


「……直美は、いつサンフランシスコにいったんだ?」

 良平が直美をみて聞く。しかしこれも優に向けた質問だ。

 いつ爆発するのか聞きたかったのだ。


「例の病気が流行るちょっと前よ」

 直美はにこにこして答えた。


 "1時間12分後に爆発する。お前たちがデザートを食べている時間ぐらいにあわせたんだろうな"

 優はちゃんと良平の意図を理解してくれているようだ。

 欲しい回答をくれている。


「直美もたまには日本を脱出したくもなるよな? 次の計画はあるのか? 直美は次はいつ日本を脱出する予定だ?」

 直美はワインをごくごく飲んで、グラスをテーブルに戻す。

「ん~、今のところ計画はないわ」


 "良く聞け良平。直美をそこから脱出させるのは難しい。直美だけじゃない、他の客もだ。今の状況を直美や客に知らせてはいけないし、直美やほかの客が避難するような怪しい動きをみせたらすぐに爆発させると、カードには書いてある"


「それは……残念だなぁ」

「そう? 日本国内にもいいところが沢山あるし、今は国内を旅行したいと思っているのよね」


 "ところで、レストランに怪しい奴はいないか? 監視されてなければなんとかなると思うが……"


 魚料理の皿が下げられたタイミングで、良平はそれとなくレストランを見回す。

「ここは本当に雰囲気の良いレストランだよな。人気があるだけの事はある」

「そうよね! 本当に素敵。ねえ良平、赤ワインをグラスで頼んで良い?」

「ああ。俺も飲むからハーフボトルを頼もうか」


 良平はすぐに赤ワインを頼んだ。


 次の料理のソルベが運ばれてきた。

 可愛いソルベを見て、また直美の顔がぱあっと明るくなる。


 さりげなく店内を見回していた良平は、耳にイヤホンをさしている男性のひとり客に気付いた。


「……男性がひとりって珍しいな。ほら、奥から2つ目のテーブルの男性。ひとりでコース料理を食べてる」

「宿泊客なんじゃない?」

 直美が赤ワインを飲みながら言う。


 "やっぱり監視役がいるんだな"


「そうだな。多分そうだ」

 良平が直美に優しい表情を向けながら答える。


 "それと、あいつの送って来たカードに入っていた説明書によると、実はこの爆弾には笑えない仕掛けがあるようだ"


 ソルベを食べ終わると、スタッフがすぐに来て皿を引いて行った。


 目の前に何も無くなったからか、直美はパンに手を伸ばした。

 パンをちぎって食べる直美を良平は優しい表情で見つめながら、優の声を聞いた。


 "3分前になったらあるシステムが動き出し、直美の声でタイマーを停めて爆発をとめることが出来る仕組みになっている"


「え?」

 思わず良平が声を出した。

 直美が良平の顔を見て不思議そうな顔をする。

「あ、いや、このワイン、びっくりするほど香りが良くて美味いなと思って」

 良平は手に持ったグラスを見ながら慌ててそう言った。


「そんなに美味しい?」

 直美が不思議そうな顔をして聞く。

「ああ。こんなに美味しいのは初めてだ」


 そうなの? 

 という顔をして、確かめるように直美はワインを飲む。


「やっぱり、普通だけど?」

 直美は首をかしげながら言う。


「ワインは好みがあるからな」

 良平はちょっと引きつった笑顔を浮かべてそう言った。


 "気をつけろ良平。監視の奴らにばれたら困ったことになるぞ。直美の言葉で止められるようになっているという事は、マイクやビデオが設置されている可能性が高い。監視役の男も会話を聞いているだろう"

 優の声はいつもより緊張しているように感じる。

 逃げる事も出来ない状況なので、直美が心配でたまらないのだろう。


「ああ……このテーブルだけ、飾ってる花が華やかだな」

 良平はテーブル中央に置かれている小さな花かごを見て言う。

 そこに小さなマイクがあることに気がついたのだ。


「そう言えばそうね。誕生日だからかしら?」

「きっとそうだな。花もお前の楽しそうな声を聞いて喜んでるみたいだな」

 良平がそう言うと、パンにバターをつけていた直美の手が止まる。

 そして顔を赤くした。

「らしくないことを言わないでよ。びっくりするじゃないの」


 "やはりそこにマイクがあるんだな"

 理解したと言う感じの優の声だ。


 肉料理が運ばれてきてテーブルに置かれる。


 "良平、爆弾だが、解除できそうにない"

 優の残念そうな声が響いた。

 "さっき爆弾処理班が着いて、確認してもらったがダメみたいだ。引き続き方法を探っては貰っているが、やはりかなり厳しそうだな"


「一体どうやって料理してるんだろうな。教えて欲しいな」

 良平が微笑みを絶やさずに言う。

 じゃあ、どうするんだよ、という意味だ。


「ほんと、いくらでも食べられそう」

 直美は良平の言葉は全て自分に向けられていると思っているので、ニコニコして同意する。


 "さっき言った別の方法がある。……最後の3分の間に直美にあるワードを口にさせることが出来ればそれで止められる"


「この緑のやつ、一体なんだ?」

 良平はパセリをフォークでつつきながら言う。

 当然パセリが分からないわけではなく、あるワードってなんだと言いたいのだ。

「? パセリでしょ?」

 良平をみて、さすがに直美が何言ってるのという感じで呆れた顔をした。しかし今回良平は直美の言葉に反応を示さなかった。

 流石にちょっと余裕がなくなっているのだ。


 "直美に言わせる必要のある言葉は「」だ"


「は?」

 良平は思わず口に出してから、はっとしてむせたふりをした。

「ちょっと、大丈夫?」

 急にむせだした良平を心配そうに直美が見ている。

「あ、ああ、大丈夫だ、ごめん」


 "ちなみに、直美の声で3文字以上のワードを口にすると入力とみなされると書かれている。5回間違えるとロックがかかるらしい"


 ふっざけやがってあの野郎……


 良平は怒りの気持ちがこみあがってきて、我慢できずに心の中でつぶやいた。


 "それと直美以外の声に関してもNGワードを設定されているから気をつけろ、別の人間が「愛してる」というワードを口にしたらロックがかかるらしいぞ"


 つまり直美に「愛してる」と言えと伝えられないという事か?

 ったく、あのバカ兄貴の考えそうな笑えないゲームだぜ


 こんな場所で爆弾が爆発したら大変なことになる

 システムが動き出したらなんとしてでも……


 三分以内に直美に「愛してる」と言わせなければならない


 さて、どうするか?

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