巨大化変身ヒーローはルールと地球を守る

真野てん

第1話


 我々、巨大化変身ヒーローには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは無論、悪の宇宙人を退治することである。


 地球上では我々の真の姿である巨体を維持しながらの戦闘はおよそ百八十秒――つまりは三分が限界とされている。


 その理由は大気の組成が我々の母星とは大きく異なるためとも、そもそも地球の環境に適応しないまま戦っているので三分で活動限界に至ってしまうからとも言われている。

 決して予算の都合だとか演出上の理由などではゲフンゲフン――。


「とにかく我々は、この胸に埋め込まれたエナジータイマーがぴこんぴこんと鳴動する前に、地球に仇なす悪の目論見を撃滅せねばならない。分かっているか、サブロウ?」


「ああ、それは分かっているハンドレッド。しかし今回のコレを、三分以内に解決しろってのはちょっと厳しいのではないだろうか。それに我々はウルトラ一門ではないのだから、三分しばりにそこまで固執する必要は」


「あちらさんを落語家みたいに言うのはやめるんだサブロウ。確かに我々は、正式な宇宙警備隊員ではなく予備役ではあるが、先達が積み重ねてきた伝統は守らねばなるまい」


「言うても君……ちょっとコレは……」


 二体の宇宙人は人間形態のまま、高層ビルの屋上から街を見下ろしていた。

 そこには地平にまで広がるおびただしい数のアメリカバイソンが、都市のすべてを破壊しながら猛烈な勢いで突き進んでいる。


 すでに住民たちは避難しているが、店が、クルマが、街灯が。

 およそ人工物と思しきすべての物はなぎ倒れて、灰塵と化している。あまりの破壊力にいままたひとつのビルが倒壊した。


 ハンドレッドとサブロウ。

 二体の宇宙人たちは、その様子を為す術もなく見つめている。



 Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo.



 ハンドレッドがそう口にすると、サブロウは怪訝な表情で彼を見返した。


「なんだそれは。この惨状を見てついにおかしくなったか?」


「そうではない。今回の指令書に書いてあった文言だ。まあ、これですべてだが」


「それで全文だと?」


「そうだ。本隊は別の場所でちゃんとした怪獣と戦っている。よほど急いでいたのだろう。こういう形でしか指令書が届かなかったのだ」


「ハンドレッド。君はあちらさんが好き過ぎて本当に良いように解釈するね。で、その暗号はどうすればいいんだ」


「これは暗号でもなんでもなく普通の文章だ、サブロウ」


「どういう意味だ」


「この文章は『バッファローのバッファローにいじめられているバッファローのバッファローは、バッファローのバッファローをいじめている』という意味だ」


「は?」


「『buffalo』という単語には、他者を威圧する、怯えさせるという動詞としての意味がある。つまりはここ、ニューヨーク州第二の都市と呼ばれるバッファローでは、バッファローをいじめているバッファローがいて、そのバッファローもまたバッファローをいじめているから、その元凶になっているバッファローを倒して騒動を納めよ、という指令だ」


「バッファローがゲシュタルト崩壊を起こしている」


「世の中は得てしてそういうものだ、サブロウ」


「……しかしハンドレッド、アメリカバイソンをバッファローと呼ぶのは誤称だという話をどこかで聞いたことが」


「さあ、変身だ! 我々ならばこの無限とも思えるバッファローの群れから、擬態している敵性宇宙人の手下を見つけ出して倒すことが可能なはずだ!」


「いや、君がそれでいいなら、いいんだけどね……」


 二体の宇宙人はそれぞれ懐から変身アイテムを取り出し、天に向かって叫ぶ。

 変身――と。


 強烈な光に包まれた人間形態の彼らは、高層ビルの屋上から飛び降りる。

 一瞬にして巨大化した二体の変身ヒーローは、先ほどまで立っていた高層ビルと同じくらいの背丈となり、迫りくるアメリカバイソン、いやバッファローの群れに対して、必殺の光線技を繰り出そうとポーズを構えた。


「――もう全部やっちゃったほうが早くないかな」


「そんなこと言っちゃダメだ、サブロウ! 先輩たちのルールを守るんだ!」


「はいはい」


 こうして地球は、巨大化変身ヒーローによって悪の手から救われた。

 愛すべきお約束が続く限り、何度だって彼らは立ち上がる。


 ありがとう、ハンドレッド。

 ありがとう、サブロウ。


 ありがとう、某有名巨大化変身ヒーローのみなさん!


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