最後の目覚め
目が覚めると目の前に一人の少女がいた。白い粗末なワンピース。それ以外は何も身に着けていない。伏し目がちな少女、アーゼ。
俺は目をしばたいた。そしてゆっくりと部屋の中を見回す。所狭しと置かれた魔術道具。のたくる煙を上げる香。そして見慣れた飾り柱。いつもと変わらない俺の部屋だ。
「メレディス様、また机で眠ってらしたんですか? ご飯もお召し上がりにならないままで……」
少女――アーゼはそう言って腕を伸ばし、机の上から木でできた二枚の深皿と匙の乗った盆を持ち上げた。
俺は机の上に突っ伏していた体を起こし、片手を上げて目をこする。もう片方の手、その下に何かがあった。それを体の下に敷いたまま眠ってしまっていたようだ。己の豪華な指輪がいくつもはまった、手入れされた爪を持つ、武骨な造りの手。その手をどけて見ればそれは、もはや見慣れたとあるページが開かれた古ぼけた革表紙の本。
……あれは一体、何だったのだろう。俺は寝起きの朦朧とする脳に鞭を打ち、考えた。やけに現実感のある、それでいて現実味のない夢だった。否、あれは本当に夢だったのだろうか。もしかしたらあれは、実際に起こったことなのではないだろうか……。俺はしばらくの間、眉間にしわを寄せて考えた。が、フッと苦笑いを漏らし、首を横に振った。
……分からないな。否、そんなことを考えてもきっと意味など無いのだ。
俺は本を閉じた。見たはずの夢は刻一刻と己の感覚から遠ざかる。全てがまるで無かったことのようにいつか忘れ去ってしまうのだろう。しかしそれでも、どこか己の中に響き刻まれたような何かの感覚があった。そうして俺は目を上げ、部屋を出て行こうとする少女の背中に声をかける。
「アーゼ。……すまないな。もう、研究は止めだ」
伏し目がちな少女、アーゼ。身に纏うのは白い粗末なワンピース。アーゼはゆっくりと振り返った。その目が俺の目を捉える。少女の、アーゼの固まった表情が緩んだ。そこにあったのは、何よりも美しい可憐な笑顔だった。
繋がれた男、縛られた女 Ellie Blue @EllieBlue
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